中世自然哲学の断片性、自律性、自由度 Grant, "How Theology, Imagination, and the Spirit of Inquiry Shaped Natural Philosophy in the Late Middle Ages"

  • 「神学、想像力、探求精神は後期中世の自然哲学をいかに形成したか」Edward Grant, "How Theology, Imagination, and the Spirit of Inquiry Shaped Natural Philosophy in the Late Middle Ages," History of Science 49 (2011): 89–108.

 中世自然哲学研究を長年に渡ってリードしてきた研究者による一本です。中世自然哲学の特徴の一つは体系性の欠如でした。アリストテレスの著作への注解や問題集形式の著作では、個別の質問に一つ一つ答えていくという論述形式が取られ、それらの問いについて行われる議論のそれぞれが相互に関連させられるということはまれでした。そのため中世自然哲学はビッグ・ピクチャを欠いたものになりました。

 自然哲学の備えるもう一つの大きな特徴は、神学からの高い独立性です。スコラ学者たちは自然現象をなるべく自然的原因によって説明しようと努めていました。ロジャー・ベーコンのような神学を自然哲学に適用することの重要性を説いていた論者ですら、実際の自然哲学関係の著作で自らが唱えていた目標に忠実ではいられませんでした。実際自然哲学を神学的に論じることは極めて困難であったと考えられます。

 最後の特徴は、この時代の自然哲学が実験や観察よりも、むしろ想像力を強く働かせることによって新たな探求の地平を切り開いていたことに求められます。スコラ学者たちは地球が静止して天が動いているのではなく、逆に天が静止していて地球が動いている可能性を真剣に考慮していました。また神が絶対的な能力を行使することで宇宙全体を今ある場所から動かしたり、この宇宙の外に別の宇宙を新たに創造したりするということが少なくとも可能性としては考えられることになりました。この可能性の実現性を担保するために、アリストテレスの場所概念や空間概念とは違った理論が提出されます。この想像力に駆動された自由な探求の精神に、実験と観察の重視、そして自然哲学への数学の適用という要素が加わることで、初期近代の科学が生み出されることになります。

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