ギアツの人類学と通時的分析 Swell, Logics of History. ch. 6

Logics Of History: Social Theory And Social Transformation (Chicago Series in the Practices of Meaning)

Logics Of History: Social Theory And Social Transformation (Chicago Series in the Practices of Meaning)

  • William H. Sewell, Jr., Logics of History: Social Theory and Social Transformation (Chicago: University of Chicago Press, 2005), 175–96.

 歴史学と社会理論の対話を目指す著作から、ギアツの人類学について記述した章を読みました。人類学者のクリフォード・ギアツの仕事は歴史家に好意的に受け入れられ、インスピレーションの源泉となってきました。自分が属しているのとは違う世界があることに気づき、それを普遍的な(実際には西洋の学問由来の)コードを使って記述するという点で、人類学と歴史学は類似しており、これがギアツの優れた仕事が歴史家に評価された一因です。またアメリカでは社会史というのはそのモデルと方法論を当初社会学、とりわけその定量的なアプローチからとっていたものの、70年代からこのアプローチへの不満が高まりました。それでは一般の人々の生(社会史の目標の一つはこれについて語ること)について明らかにできないではないかというわけです。そこで魅力的にうつったのがギアツに代表される人類学(まさに一般の人々の生を分析する)でした。しかもギアツの人類学は、人々が世界に与えていた意味というのは、言語、イメージ、制度、行動様式といったシンボルに体現されているとみなしていました。過去の社会についても利用可能なこれらのリソースを分析の拠り所にするギアツのモデルは、歴史家にとっても有用なものに思えました。

 ギアツの人類学の最大の特徴は、それが本質的に共時的アプローチであるという点にあります。彼はある特定の時点で、ある社会の中のシンボルや実践がいかに相互に連関しながら一つの体系をつくりあげているか(文化体系)を分析しました(厚い記述)。過去の一断面を切り取ることは歴史家が通時的な記述をするためには避けて通れないステップであり、それゆえギアツの鋭い共時的分析は歴史家に刺激を与え続けています。しかし共時的な分析から通時的な変化の記述へと乗りだすさいに、ギアツの洞察が機能不全に陥ることは否定できません。

 ギアツの洞察を通時的分析に活かすためにはモデルについての彼の考察を拡張する必要があります。ギアツによればシンボルがつくりだす文化体系は、現実をつくりだすと同時に現実を理解するさいの解釈格子にもなります。それは建物の理念が建物を生み出すモデルとなるだけでなく、建物を理解する手引きともなるのと同じです。ギアツは現実を構成する文化体系と現実を理解させる文化体系を相互補完的で静的なものと理解していました。文化体系は理解されるべき現実をつくりだすと同時に、文化体系はつくりだされた現実の理解をもたらす。しかし実際には文化体系の二つの役割にはしばしば裂け目が生じます。人は現実を定められたコード以外の仕方で理解する柔軟性を持っているし、定められたコードによって現実を機能させることができなくなったときに、別のコードをつくりだすことができる。この前提に加えて、(ギアツが重視しなかった)分析対象の社会にある様々なカテゴリー(階級、ジェンダー、権力、職業)間の衝突、支配、交換、模倣といった関係性に注目し、それらが前述のようなコードの変化をいかにもたらすかを考察するべきです。これにより厚い記述に体現されるギアツの鋭い共時性への感受性を生かしながら、それを通時的な分析へとひらいていくことが可能となります。

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