19世紀初頭における現在因の探求 Rudwick, Worlds Before Adam, ch. 7

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

  • Martin J. S. Rudwick, Worlds before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform (Chicago: University of Chicago Press, 2008), 89–103.

 ラドウィックの『アダム以前の世界』の第4章から第7章までを読みました。ここでは研究会で私に割り振られている第7章(「現在因の役割(1814–24)」)の内容をまとめます。地球の歴史を再構成するさいに現在がキーとなることは広く同意されていました。キュビエの激変論にしても、現生動物と化石骨とのあいだの厳密な比較解剖学に基礎づけられたものでした。しかし現在地球で起きている出来事を引き起こしている原因(現在因 actual cause)が、過去に地球で起きたことをどの程度十分説明できるかということについては大いに議論の余地がありました。たとえばキュビエは現在の世界をもたらした直近の変革(revolution)は、現在因によっては説明できないと断言していました。いずれにせよ信頼のおける判断を下すためには、まずもって現在因自体のより徹底的な検討が行われる必要がありました。

 現在因の探求は伝統的に2つの対照的な理論的立場からなされていました。一つはハットンが定式化し、プレイフェアに受け継がれた立場です。彼らは歴史を貫いて定常的に作用する自然法則を想定していました。よって現在因は過去のあらゆる時代に拡張可能となります。プレイフェアの著作のフランス語訳が1815年に出版されたことにより、地球の科学の領域で原因についての議論が再度活性化します。もう一つの立場はド・リュックのものです。現在とそれ以前の世界を鋭く峻別する彼の立場からは、現在因を現在の世界を越えて拡張することはできないとされました。

 ド・リュックが1817年に亡くなると、彼がいたゲッティンゲンの科学協会は、彼の問題意識に沿った懸賞問題を発表します。それは歴史的伝承の範囲内で地球にどんな変化が起きたかを探究せよというものでした。この賞を勝ち取ったのがカール・エルンスト・フォン・ホフでした。地質学と歴史学の双方に通じた彼は、1822年から24年にかけて『伝承によって裏付けられた地表面の自然的変化の歴史』を出版します。そこで彼はStatistikを行ったと言っています。Statistikとはこの時点では統計を指すのではなく、収集したデータを地理的な規準に沿って整理分類することを指しました。元来は統治のための科学で採用されていたこの手法は、当時ゲッティンゲンで歴史研究に用いられはじめていました。この潮流のうちにいたフォン・ホフは、地質学的変化を伝える伝承史料の信憑性を批判により判別し、その成果を地域ごとに整理することを行ったのです。彼は史料に現れる変化の原因については踏み込まない立場をとります。また4000年に渡る史料からわかる地表面の変化は決して大きくはないことを認めます。しかしそれでももしそれが地球の歴史という巨大なタイムスパンに拡張されれば、巨大な変化となりうると論じました。なお彼は史料に現れる洪水の記録はすべてローカルな事象であったと考えていました。もしかするとキュビエやバックランドが想定していたような巨大な洪水があり、多くの種を絶滅に追い込んだかもしれないけれど、その洪水の記録は歴史史料のうちにはないというのです。

 フォン・ホフの著作の第2巻では、火山と地震が扱われています。このうち火山、とりわけエトナ火山については、シチリアナチュラリストの地理学的活動が、地球の歴史を再構成することへの寄与を可能とするような展開を見せていました。フランチェスコフェラーラやマリオ・ジェメラノといった当地のナチュラリストは、火山に残された痕跡から、その活動がスケールと頻度を変えることなく、人間の歴史を超えた太古から続いていたと判断しました。これは現在因が非常に長い時間スパンに渡って拡張可能であることを示唆しています。

 フォン・ホフらが活動していた時代は、地理的な調査活動をヨーロッパ各国が世界中で行っていた時代でした。その過程で、ヨーロッパや地中海周辺では見られない地理的特徴が他地域にはあり、またそこではしばしいば同じ事象であってもはるかに大きいスケールで起こっていることが認知されるにいたりました。たとえばアンデスの火山はヨーロッパのいかなる火山より巨大でした。グリーンランドには想像を絶するスケールの氷河があることがわかってきました。これらの発見が地球史の再構成にどう影響をおよぼすかはまだ不明瞭でした。しかしこれにより現在因の多様性やそのスケールは大いに拡張され、それにともない現在因を通じて地球の遠い過去の歴史を説明できる可能性が高まったのです。

 以上のような現在因の探求は、現在因は太古の地球史を説明できないというキュビエの断言の信憑性を掘り崩すこととなりました。最終的な結論が下されたわけでは決してなかったものの、もはやキュビエの判断は自明ではなくなったのです。