ギリシア自然思想における技術・職人モデル  Solmsen, "Nature as Craftsman in Greek Thought"

 ギリシアの自然論における技術・職人モデルの使用に関する基本論文です。自然のプロセスを説明するときに技術のイメージを最初の持ち出したのはエンペドクレスです。「キュプリス[アフロディテの別称]が大地(土)を雨の中で濡らしたうえで、もろもろの形をつくるのに熱中しながら、それを固めるために速き火を与えたように…」(31B73.『ソクラテス以前哲学者断片集』第2巻、岩波書店、274ページより引用)。ここでは愛という世界の形成原理の活動が陶器の制作になぞらえられています。しかしエンペドクレスにとって技術へのなぞらえは詩的なメタファーであり、そこに哲学的な含意があったとは考えられません。クセノフォンの『ソクラテスの思い出』に人体の組織を形作った神を職人にたとえる記述があり、この考え方をアポロニアのディゲネスに帰すことができるかもしれません。しかしこの帰属は確かではありません。

 技術モデルを最初に大々的に展開したのはやはりプラトンであると考えられます。ソクラテスは職人の特徴を、あらかじめどんなものを何のためにつくるかを想定しながら制作を行うこととしていました。プラトンはこの職人観を、世界に秩序があることを説明するために利用しました。職人(デミウルゴス)たる神が、イデアというモデルをかえりみながら、宇宙を制作したと想定したのです。

 プラトンは技術モデルによって世界の外部に秩序の根源があると説明しました。アリストテレスは同じ技術モデルを採用しながら、秩序の起源について反対の方向に進みます。秩序原理は世界の外部ではなく、自然の内在するというのです。自然は職人によって制作されたのではなく、むしろ自然が職人のように働く。自然と技術の関係はアナロジカル(類比的)にとらえられることになりました。

 アリストテレスは自然を職人になぞらえながらも、自然が職人のように意図を持つとは考えませんでした。しかしそれでもなおまるで意図を持っているかのように、目的達成を目指して自然のプロセスは進むというのです。ここに見られる難点は、ストア派の学説では解消されています。彼らにとって、世界に秩序をもたらす技術的な火とは神そのものに他ならないのですから。