アーカイブの科学 Daston, "The Sciences of the Archive"

Clio Meets Science (Osiris, Second Series)

Clio Meets Science (Osiris, Second Series)

 人文学は過去にこだわり続けるのにたいして、自然科学は過去を顧みず現在において真理を探求するという対比がしばしばなされます。しかし科学にも歴史があります。これは科学史ということではなく、科学研究の営みの中核に歴史的な次元があるということです。これを著者はアーカイブの科学と呼びます。天文学、薬学、植物学、動物学、古生物学といった領域では、過去の人々が残した記録を探査することは必要不可欠の作業です。これらの学問が持つ経験主義は、同時代の多数の研究者のみならず、過去の探求者との共同作業を前提とする集合的経験主義(collective empiricism)であると言えます。この集合的経験主義が初期近代に成立するにあたっては、実は人文学の領域での「読む技術」が大いに参照されました。数多くの古典の著作を読み、重要な箇所を抜き出し、それを利用可能な形で整理するのと同じように、自然を観察し、記録を取り、整理をするということが行われたのです。そうやって蓄積された記録は、多くの場合古代から現代にかけて書物のうちに記録された情報と混ぜあわせた形で製作されました。博識よりも直接的な経験という初期近代のレトリックとは裏腹に、書物は経験主義に不可欠であったと言えます。集合的経験主義に基づく学問が進展するにつれ、研究者同士が世代をまたいで共通の観察・記録技能を身につけねばならないという要請が高まり、記録のとり方が事細かに指示されるということも起こるようになりました。世代をまたいで記録を継続的に残す必要性を実感することからは、現在の記録を未来に向けて残すというプロジェクトが立ち上がりました。このように過去・現在・未来にまたがる研究者の共同体を想定するアーカイブの科学は、歴史学とは対照的な性格を持っています。歴史学の最大の罪はアナクロニズムです。過去の人々の残した記録というのは、あくまでそれを残した人々の立場から解釈され、特徴づけられねばなりません。現代の視点からの意義づけは強く警戒されます。これにたいしてアーカイブの科学の実践においては、過去に残された記録は常に今の研究に生かすために読み解かれます。ある時代の状況に対応する特徴的な記録のあり方といった視点はとられず、記録にたいするまなざしは現代の視点から価値があるかないかといったものになります。この歴史に無感覚なアーカイブへの姿勢こそがしかし、時代や空間をまたいで研究者の共同体が成り立っているというアーカイブの科学の基本前提を支えているのです。