- 作者: E・R・ドッズ,岩田靖夫,水野一
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1972/12/01
- メディア: 単行本
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アイスキュロスからプラトンに至るギリシア世界は、知識人の信仰と民衆の信仰が分離し、伝統的な信仰の集積が崩壊していった時代と理解できます。6世紀以来、へカタイオス、クセノファネス、ヘラクレイトスは伝統信仰を解体しようとしていました。プロタゴラスやソクラテスは感情に重きを置かず、人間行動を律するために徳を身につけることを説きました。これとは逆方向に、すべては自然にしたがったものとして姦通、同性愛、近親相姦のような行為を正当化し、道徳は慣習に過ぎないとして投げ捨てようとする人間たちがあらわれました。リュシアスが報告する悪霊会員クラブでは、「できるだけ沢山の不吉なことをわざと行って、迷信を嘲弄してみせようとする」ことが行われていました(232ページ)。このような伝統からの開放感が支配するなか、エウリピデスのように理性的道徳主義にも自然主義的非道徳主義にも反対する人物もいました。だが同時にこの啓蒙には強い反発も伴いました。アナクサゴラス、ディアゴラス、ソクラテス、プロタゴラス、もしかするとエウリピデスが告発されました。伝統的な信仰を揺るがすことは、戦時の社会的凝縮性が求められる時代においては、利敵行為として理解されたのです。啓蒙の伸長はやがて逆説的な帰結をもたらしました。民衆の信仰から知識人が離れ、都市宗教が保証してきた連帯が緩むと、これまでにない呪術的な信仰形態が都市国家に入りこみ、取り残された民衆の心に宿ることになったのです。アスクレピオスが主要な神となり、キュベレー崇拝があらわれます。4世紀には呪術的な攻撃が大量に行われるようになったことを残された痕跡は教えてくれます(プラトンはこれを法的に取り締まろうとした)。啓蒙の効果としての呪術の復活です。