ギリシアのエートスと公理論的数学 佐々木『数学史』

数学史

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  • 佐々木力『数学史』岩波書店、2010年、77–85, 135–161ページ。

 数学史の大著から古代ギリシア数学の特性をギリシア社会の特性から説明しようとする箇所を読みました。ギリシアのミュケーナイ文明は(エジプトのような)強固な農業的基盤をもたなかったため、中央集権的王国を発達させることなく、かえって群小の共同体を林立させることになりました。暗黒時代が終わり人口が増大すると、これらの共同体が積極的に海外に植民活動を行うことになります。こうしてギリシアでは一貫して専制的絶対王権の確立が起きませんでした。またギリシアでは紀元前七世紀に密集隊形(ファンクラス)による集団戦の形式が確立します。このギリシアに特異な戦争の流儀はポリス内部での重装歩兵層の役割の増大をもたらし、従来貴族層に限定されていた自由と平等の権利を民衆一般に拡張することになりました(民主主義)。重装歩兵の規律につらぬかれた人々のあいだでは、すべてを平等な者のあいだの競争にふすべしというアゴーンのエートスが共有されました。このなかであらゆる権利を拒否し平等に確かな論拠を求めあいながら批判的に議論しあうということが開始されます。

 権威に異議を申し立てることを是とするような文化が数学を形成します。それはまずソフィストの懐疑の精神、ソクラテスプラトンの対話の精神を生みました。さらには過激な懐疑に対抗する手段としてのプラトンの仮説的論法やアリストテレスの論証の理論が考案されました。彼らは知への懐疑に対抗して、議論の最初に確実な命題を置くということを行いました。まさにこれと同じようにユークリッドも公理という最初の真なる前提を置くことで、懐疑的精神に対抗して数学的知識を防衛しようとしたのです。