後期スコラ学における質料形相論の変質とデカルト Ariew and Grene, "The Cartesian Destiny of Form and Matter"

 後期スコラ学における質料形相論の変容を論じた論文を読みました。デカルトはスコラ学の質料形相論を否定して、新たな物質理論を提唱した人物と普通考えられています。この見解は必ずしも間違ってはいないものの、一つ重要な歴史的事実を見逃しています。デカルトの時代にいたるまでにスコラ学の内部での質料と形相の理解が変質をこうむっていたということです。それはいかなる変質であったのか。デカルトの新たな理論とどう対応するのか。

 変質が見られるのは、質料は形相と結合せずに存在することができるかという問への答えにおいてです。この問いにトマス・アクィナスは不可能であると答えました。これにたいしてドゥンス・スコトゥスは可能であると答えます。神の全能性を強調する彼からすれば、神は質料を形相から独立させて存在させることが可能であるというわけです。初期近代にもToletusやThéophraste Boujuのようにトマスを支持した者が一定程度いました。しかしより多くの論者はスコトゥスを支持しました。Eustachius a Sancto PauloやScipion Dupleixといった人物たちです。

 こうして質料がその独立性を高めていくと同時に、これまで質料が担っていた重要な役割を形相が果たすようになります。トマスの考えでは、事物を個体化するのは質料でした。これにたいしてスコトゥスはそれでは天使のような質料を持たない存在者の個体化が説明できないと考え、それぞれの人物はそれぞれの究極的な個性(haecceitas)を持つと考えるにいたりました。17世紀にはこの立場が支配的になります。結果として、形相は存在の種を規定するのではなく、ある個物をある個物たらしめているもの、すなわち質料の構造や形を意味するようになっていきます。以上からわかるように、デカルト出現直前のスコラ学では質料の地位が自律性を高めることで上昇し、代わりに形相の組織化原理としての意義は低下していました。

 デカルトが行ったことは、この傾向をさらに促進することであったと理解できます(あるいはこのような背景があったからこそ彼の哲学の受容が促進された)。彼は延長としての質料を自律した存在として立てました。また形相という術語を質料の形あるいは大きさを指すものとして用いました。デカルト支持者のあいだでもなお質料・形相という言葉遣いは残ったものの、それはスコラ学の残滓に配慮した箇所で見出されるに過ぎないものとなり、もはや理論的な重要性を持ってはいませんでした。