錬金術の黄金時代 理論篇 Principe, The Secrets of Alchemy, ch. 5

The Secrets of Alchemy (Synthesis) (English Edition)

The Secrets of Alchemy (Synthesis) (English Edition)

  • Lawrence Principe, The Secrets of Alchemy (Chicago: University of Chicago Press, 2012), 107–36.

 第5章からはいよいよ錬金術の黄金時代である初期近代をめぐる記述がはじまる。キミア(錬金術、化学)を実践する者たちは、卑金属を貴金属に変えるにあたり二つの方法があると考えた。一つは「特殊な」方法で、一種類の卑金属を貴金属に変えるものだ。もう一つは「普遍的な」方法で、あらゆる種類の卑金属を金や銀に変成する方法であった。後者の方法において賢者の石が用いられる。賢者の石をつくるためには、レシピを入手する、実験を行う、書物を読む、熟練の師(アデプト)から教えをうける、天使と会話する(!)といった方法がとられた。貴金属をつくるための原材料の候補は数多くあり一定しなかった。標準的には二種類の材料を組み合わせてつくるとされた。材料の候補は一定しなかったものの、その後にフラスコのうちでどのように賢者の石をつくるかという手順についてはかなり広範な合意がみられる。そうして得られた賢者の石を卑金属にふりかける(プロジェクト)ことで、金や銀が生成される。この過程を錬金術師たちは、さまざまな方法で説明しようと試みた。たとえば少量の賢者の石が大量の卑金属を金に変えることは、少量のレンネットが大量の牛乳をチーズに変える過程と同種のものと考えられることがあった。中世以来錬金術は医薬をつくるための手段として活用されていた。この方面への関心が初期近代に大いに高まった一大要因はパラケルススにある。彼は化学を自らの自然理解のモデルとしたのみならず、化学的手順で不純物を取りのぞいた物質が病気を治癒する効果があると考えた。彼の見解はその伝統的権威への戦闘的姿勢から、16世紀後半より数多くの論争の焦点となる。初期近代にはまた化学的手順でホムンクルスを生成する技法や、植物の灰から元の植物を復元させる術が問題となった。錬金術は冶金や化粧品制作においても重要な技術であった。