神をめぐるジレンマとその二つの力 Oakley, Omnipotence, Covenant, and Order

Omnipotence, Covenant and Order: An Excursion in the History of Ideas from Abelard to Leibniz

Omnipotence, Covenant and Order: An Excursion in the History of Ideas from Abelard to Leibniz

 ヒエロニムスは言った。「神はいかなることもなせるが、処女をそれが破壊されたのちに復活させることはできない」。これは処女であることをヒエロニムスが勧めるなかであらわれる発言である。しかし同じ言葉が中世ではまったく異なる問題意識のもとに読まれた。おそらくは1067年にモンテ・カッシノの修道院で行われた会話のなかで、ペトルス・ダミアニはヒエロニムスには同意しかねると論じた。なぜならここでは神の全能性と自由が否定されているように見えるからだ。神であればかつて起こったことをなかったことにできなくてはならない。

 約50年後に神の全能性を論じたピーター・アベラールは、ここに深刻なジレンマがあると指摘した。もし神が全能であれば、神は世界をいまよりも善いものにできるはずだ。だがもしそうだとするといまある世界は最善の世界ではないことになる。とすると神は最善ではない世界をつくったことになる。これは神の善性を損なう。このジレンマをまえにアベラールは、今ある世界は最善だと結論づけた。しかしこれは神の全能性と自由を強調する立場から反発を招くことになる。Hugh of St. Victorとペトルス・ロンバルドゥスは、神は今ある世界をより善くできるという立場をとることになる。

 この問題を扱うことで、神学者たちは神の力が彼のその他の属性(とりわけ意志)といかなる関係に立つのかを明確にしようとしていた。神が全能であるということは、神がかつて意志したのとは違う仕方で、いま彼がなにかをなしうるということなのか。アベラールが指摘したようにこの問いはジレンマを内包している。これを回避するために生みだされたのが、神の力を二つに大別する思考である。その最も初期の例はアルベルトゥス・マグヌスにみられる(1260年頃)。彼は神のabsolutaな力と、ordinataな力を区別する。この区別を引き継いだアクィナスによれば、神の力をそれ自体で考えれば(absoluta)、その力を持って神はいかなることもなせる。だが神の力を、神自身の義なる意志からくる命令を遂行しているものとして考えるなら(ordinata)、その力は彼の善性と摂理の下にある。このように考えることでアクィナスはアベラールのように神の全能性を犠牲にしてしまうことと、神の全能性を強調するあまりその善性を犠牲にするアラビア哲学者の議論の両方を避けようとした。アクィナスの議論の強調点はordinataな力にある。それにより神は自らの意志にかなう秩序だった(それゆえ人間理性で探求可能な)世界を実現している。一方absolutaな力は、創造の時点で神にひらかれていた可能性を確保し、そこから神の全能性と意志の自由を保証するためのものであった。それは現在は実現されてはいない多分に仮説的なものである。

 absolutaとordinataな力の区別は長きにわたって存続することになる。だが用いられ方は変化した。あくまで仮説的であったabsolutaな力が、現実に今作動可能で、時として実際に作動している力として理解されるようになった。それによりこの言葉は神が奇跡を起こすさいに行使する力を指すことが多くなる。これにともないordinataな力は、奇跡をともなわない自然世界の通常のあり方を維持するために神が行使する力を意味するようになる。この変化のうちでordinataという言葉は、「通常」を意味するordinariaにとって代わられることが多くなった。

 この変化の背後にあったのはアリストテレス哲学の流入と、それへの警戒感である。アリストテレスの理性主義は世界を体系的なものとして理解するための強力なツールだった。だがそれは世界のあり方は永遠の昔からさだまった必然的なもので、そこに神が介入する余地はなく、さらにアリストテレスが想定する原因と結果の連鎖からは人間の自由意志を否定する決定論すら導けるように見えた。神の意志と全能性を危機に陥れかねないこの新たな哲学への反発が起きる。世界の理解可能性をたとえ犠牲にしても、神の自由と全能性を保証するため、absolutaな力が現実的な力として理解されるようになる。一方ordinataな力からは、最初に定めた意志に従うというような神の自由を制限しかねない意味合いが薄れ、単純に奇跡をともなわない世界のありようを現実化させている力を指すようになる。

 こうしてabsoluta、ordinataな力の区別は、信仰と理性の調和を目指す13世紀の試みが(相対的に)放棄されていく後期中世の知的環境のうちで、その意味合いを変容させていったのだった。