- 逸見龍生「文人たちの結社」『図書』No. 780、2014年2月、2–7ページ。
『百科全書』は啓蒙主義の精神を体現する書物だとされる。同時に表題からあきらかなように『百科全書』は辞書である。新たな精神性が辞書に具現化されるとはいかなる事態なのか?
本論考はこの問いを入口に『百科全書』という書の成立を可能にした諸条件にメスをいれるものだ。まず辞書とは単なる無味乾燥な語の定義の羅列ではない。というより語の定義を確定することよりあからさまに権力が発動される機会というのはそうそうない。とりわけ絶対王政の確立期においては、諸勢力が打ちたてようとしていた言語の使用法を一掃し、公的で一義的な語の使用基準を定めることが重要な政治課題となっていた(『リヴァイアサン』が言語についての記述からはじまることを想起せよ)。この意味で、16世紀にあって暦がそうであったように、17世紀後半から18世紀にかけての辞典は権力の正統性をめぐる闘争のアリーナであった。
百学連環ともいわれるように『百科全書』には、様々な学問領域をめぐる記述が網羅的におさめられている。またそこには数多くの著者が参画している。この多様性は論述の焦点をぼかし、特定の精神性のマニフェストたることを妨げるのではないか。だが多様な典拠を引くことがそのままある主張の正当化につながるような作法が人文主義以降数百年かけて洗練されていた。この意味で啓蒙の世紀もルネサンスの申し子である。啓蒙の世紀の新規性は、多様な典拠を呼び出すことにより、旧来の問題設定そのものを解体する方向へと議論をすすめた点にある。しばしば啓蒙主義の源泉の一つとされる『歴史批評辞典』のなかでピエール・ベールが好んで用いた論法だ。ベールは判断を下さない。彼が行うのは、学問上の対立する諸学説を引き、そこから対立項のどちらをとっても解決不能な問題があらわれることみせつけることだった。ジレンマを引きだすことで問題の土台そのものを解体するのだ。この破壊的作法自体は16、17世紀の懐疑主義論法にもみられるものであるものの、ベールや『百科全書』によってより大規模に展開されることとなる。
解体はやみくもなものではなかった。ディドロたちは自らが対峙していた標的を見定めていた。それはイエズス会が編んだ『トレヴー辞典』である。霊魂の非物質性と不死性を説くこの辞典に対し、ディドロは多様なソースを巧妙に組み立てながら説く。いわく、霊魂の本性につき疑問の余地のない結論は出ておらず、その物質性を説く学説すら有力視できる。ここで著者は、ディドロがしばしば医学のテキストに依拠して議論を構築しているのを見いだした。すくなくとも16世紀のイタリア以来、医学はアリストテレスの自然主義解釈を促進する一大分野であった(クリステラーによれば医学におけるアリストテレスの影響は19世紀まで存続する)。この伝統に手をのばすことで、ディドロはカトリックの支配的霊魂論の自明性を脅かそうとしたのである。
絶対主義の支配下にあって言語をめぐる争いが先鋭化するなか、旧来の支配的言説に対抗するため人文主義の論述作法を解体的方向に拡張することが行われた。そのための辞書であり、協同作業なのであった。なるほど『百科全書』は体系的で一貫した書物ではない。それは膨大で散漫で脱線に満ちている。だがそのような器はルネサンス以来の伝統に根ざしたものであり、同時に啓蒙のフィロゾーフたちによる対抗戦略の産物であった。それを見落とすとき、私たちはディドロとダランベールがもくろんだ反逆の核心をつかみそこねることになる。
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