カネ、コネ、NASA 佐藤靖『NASA 宇宙開発の60年』

NASA ―宇宙開発の60年 (中公新書)

NASA ―宇宙開発の60年 (中公新書)

 NASAの名を知らない人はいないだろう。宇宙開発でかずかずの成果をあげる一方で、チャレンジャー号の事故に典型的にあらわれているような失敗も経験してきた組織である。どのような評価をくだすにせよ、宇宙開発の歴史を語る上でNASAは避けて通れない。

 そんなNASAの活動を一望できる書物があらわれた。佐藤靖『NASA 宇宙開発の60年』である。そこで語られるNASAを中心とした宇宙開発の歴史はしかし、通常私たちが耳にするものとは相当に異なっている。宇宙開発の歴史といえば普通、数々の困難を乗り越えていかに輝かしいアポロ計画が成功したのかとか、ハッブル宇宙望遠鏡がもたらした私たちの宇宙像の革新はいかなるものであったかとか、そういう事柄を中心に語られる。記述の主眼となるのは、どんな技術によって、なにが明らかになってきたかである。

 しかし本書は違う。読みはじめるとすぐにわかるのは、組織関係の記述が手厚いということである。NASAはどのような組織の集積であるのか。それらの組織にはある時点で何人の人がいたのか(この本で年号の次に頻出するのは、組織人員の数をめぐるものではないかと思う)。それぞれの組織はいかなる志向性をもっており、それらのあいだの緊張はいかに調整されて協調へともっていかれたのか(あるいはもっていかれそこなったのか)。NASAは巨額の資金を必要とするがゆえに、国家予算の確保はその活動の生命線である。ここで大統領や議会、あるいは国防省との関係が非常に重要になってくる。以上のさまざまな局面における成否は、それらをこなしていく人間の資質に大きく左右される。であればこそ、人事こそはNASAという組織の歴史を理解する鍵を握る。NASAの長官や、各部署の責任者の名前からはじまり、彼らの専門、NASAにくるまでに経てきたキャリアが事細かに語られる(組織名と人名が多すぎて話がおえないところが出てきてしまうのはやむをえないか)。

 このような力点の置き方によって著者は「NASAの現在までの歴史全体を視野におさめ、政治・行政と科学技術とが複雑に交差するその組織的性格をバランスよく描くことを目指した」という(270ページ)。本書を読んで、フロンティアを開拓する科学者・技術者の奮闘の様子から感動を得るのはむつかしいかもしれない(そういう楽しみ方ができる箇所がないわけではないのだけど)。むしろ私たちが目にするのは、人々が集まってつくりだす組織、それら組織間の調整、そしてなんといってもそれらの維持のために必要なカネ・コネ・カネ・コネ(以下略)である。だがこういうまったくもって地上的な事柄にこそ天空を解く鍵はあったのであった。