アンネリーゼ・マイアーからみた中世哲学 Perler, "Maier and the Study of Medieval Philosophy Today"

 一人の偉大な学者を糸口に、西洋中世哲学研究の過去と現在、そしてこれからを見通そうとする論考である。その整理の細部に異論はあるかもしれない。しかし一つの見方が、極めて明晰な論述によって提示されており、一読の価値はまちがいなくある。

 カントについての論文で学位を取得していたアンネリーゼ・マイアーは、イタリアに残るライプニッツ書簡を調査するためにローマに派遣された。1936年のことである。だが彼女はライプニッツ研究者にも、またカント研究者にもなることはなかった。彼女が終生の主題としたのは中世哲学であり、ヴァチカン図書館にある手稿を徹底的に読みこんでいくことになる。その成果は5巻からなる一連の後期スコラ自然哲学研究(1949-58)と、三冊組の論文集(1964-67)にまとめられている。

 マイアーの研究を際立たせていた点がいくつかある。まずネオ・トマス主義が盛んな時代であったがゆえに関心の多くが本質と存在の関係や神の存在証明に向かっていたとき、マイアーは自然哲学の研究に専念した。また同じく自然哲学を扱っていたピエール・デュエムとは異なり、彼女はスコラの議論のうちに近代を予告するものをみてとろうとしなかった。彼女が行おうとしたのは、スコラ学者の世界理解を彼らが置かれていた文脈によって正確に把握することであった。よって彼女にとってスコラ学者の自然理解が正しいか間違っているかは問題ではなかった。「興味深いのは知り方(modus sciendi)であり、知識(scientia)ではない」。最後にマイアーの著作は、少数の知的巨人、とりわけアクィナスを中心を中心とした13世紀の学者たちに関心を集中させがちであった当時の中世研究にあって、関心を14世紀に向けた点で新しかった。「トマスによる神学と哲学の統合」をはるかに超える内実を中世哲学は持っているとしめしたのである。

 彼女の研究は初期近代の研究にも影響を与えた。Daniel GarberやDennis Des Cheneの研究は初期近代の新たな自然に関する理論を理解するためには、中世理論がいかに組みかえられたかを知る必要があるとして、スコラの自然理解に多くの紙幅を割いている。また近年の中世研究では、一時期までの(分析哲学の影響を受けた)論理学への関心がやわらぎ、Robert Pasnauの近年の著作に代表されるように、形而上学が再びフォーカスされている。しかもPasnauは形而上学を理解するためには物体の成り立ちを理解せねばならないと考えており、これはマイアーの認識を引き継ぐものである(実際Pasnauはマイアーが着目した主題である「実体の一体性」に大きな重要性を与えている)。

 ではマイアーを越えていく中世哲学研究の主題はどこにあるのか。まずマイアーが扱わなかった有機体の問題がある。おそらくは当時の物理学の隆盛に影響を受けて、マイアーは物理学が扱うような無機物についてスコラ学者がなにを論じているかに関心を集中させた。しかしスコラ学者たちはしばしば、有機体の身体の理解から出発して世界を理解しようとしている。たとえば生きているときの人間の身体と、死んでいるときの人間の身体の違いをいかに理解すべきかを問うことから、実体と形相に関する新しい理論が生まれてきた。もう一つマイアーが十分に扱わなかったが重要であるのが神学的著作群である。聖餐や復活の問題を論じることから、スコラ学者たちは重要な哲学上の理論を練り上げていったからである。