本田由紀「教育再生会議を批判する」をめぐって:学力は低下しているのか?

 2007年1月29日付けの朝日新聞オピニオン面に、本田由紀氏(東京大学助教授)が、「教育再生会議を批判する」という記事を寄せられています。

 この記事の中で本田氏が取り上げ批判しているのは、教育再生会議が先日打ち出したゆとり教育からの決別と、学力向上を目的とした授業時間数の増加です。批判の中で本田氏が示している興味深い論点として、以下の2つを挙げることができます。すなわち

  • 授業時間の増加は学力向上と必ずしも結びつかない
  • 学力の低下が現実に生じていると論じる根拠が薄い

というものです。

授業数の増加には効果があるのか

 まず本田氏は、2003年に出された調査結果によると、授業時間数と成績とのあいだに相関関係は認められないと論じます。特に初等教育では、成績上位国である日本、フィンランド、韓国、イギリスは授業時間数が短い国に分類されるとのこと。

 ここから本田氏は「この結果は、『学力向上』のために授業時間数増加を持ち出す必然性はないということを示している」と結論づけます。

 ここで本田氏が用いている調査結果は、2003年の中教審(以下略)の作業部会に出されたものです。この調査結果は、初等中等教育分科会:文部科学省の下位区分であるhttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/gijiroku/005/03070801.htmの、学校の授業時間に関する国際比較調査―結果概要―(PDFファイル)で閲覧することができます。

 そこで調査結果を見てみると、確かに次のように書かれています。

国際学力調査(PISA)の結果と今回の調査結果による授業時間数の多寡との間に単純な関連性は認められない。日本や韓国など授業時間が少なく、かつ高い学習効果をあげている国は、教員やカリキュラムなど様々な要因により、効果的、公立的な授業が行われていると考えられる。(3ページ)

 とはいえ、日本、韓国、シンガポールといった国で、授業時間が少ないのに成績がよいことの原因を、教員の質の高さやカリキュラムにほどこされた工夫に求めてよいのかは、私には少し疑問です。

 なぜなら、日本や韓国では受験圧力が高いために、学習塾などの学校以外での教育機関が発達し、結果として学校以外の場所で、学習時間の不足を補う仕組みが整備されているのではないか、と思えるからです。

 もちろん、私は韓国をはじめとする外国の教育状況についてはまったく知らないので、上の疑問は単にそう思ってみたという以上のものではないわけですが…。そもそも学習塾による教育効果はどの程度なんだろうか。

学力は低下しているのか

 次に本田氏が問題にするのは、そもそも学力は低下しているのか、ということです。このことの根拠として本田氏が用いているのが、国立教育政策研究所 教育課程研究センター 研究開発部が公開している、小・中学校教育課程実施状況調査結果です。2005年4月に03年度の結果が出されていて、平成15 年度小・中学校教育課程実施状況調査結果の概要(PDFファイル)で閲覧することができます。

 この調査結果では前回の調査結果との比較がなされていて、以下のような記述が見られます。

(1) 前回調査(平成13年度)との同一問題の通過率の比率(教科・学年別)

  • 中1社会及び中1数学を除いた教科学年において、前回を有意に上回る問題数が有意に下回る問題数よりも多い。
  • 7つの教科学年(国語(中2)、社会(小5、中2)、算数(小5、中2)、理科(中1、中3)において、前回を有意に上回る問題が半数以上。(2ページ)

(2) 設定通過率との比較(教科・学年別)

  • 中3英語を除いた教科学年において、設定通過率を上回る又は同程度と考えられる問題が半数以上。(4ページ)

(3) 設定通過率との比較(記述式問題)

  • 国語(小学6年、中学1,2年)、数学(中学1年)、英語(中学1,3年)において、設定通過率を上回る又は同程度と考えられる問題数が半数未満。(6ページ)

(4) 得点別に見た人数分布

  • 問題冊子ごとに素点分布をみると、いわゆる学力の二極化が見られるとは言えない。(7ページ)

(5) 質問紙調査結果
ア 勉強に対する意識

  • 「勉強は大切だ」「勉強は好きだ」と回答した児童生徒の割合は前回調査と比べ、増加傾向。(16ページ)

イ 授業の理解についての状況

  • 「授業がよくわかる」「だいたい分かる」の合計が、小学校で約6割、中学校で約4〜5割であり、前回調査と比べ、増加傾向。(18ページ)

ウ 平日における学校の授業以外の学習時間(塾等の勉強時間を含む)

  • 全く、あるいはほとんど勉強しない児童生徒の割合は、前回調査と比べ、減少傾向。(19ページ)

 これらの記述を信用するならば、2003年度の児童生徒の成績は、2001年度の成績からみて上昇傾向にあるようです。

 また本田氏は、03年度の調査結果に現れている成績は「93-5年度調査と比べても明確に低下してはいない」と論じています(ただこの93-5年度調査との比較については、私は資料を確認していません)。

 このように学力低下が現在直線的に生じているわけではないと論じた後で、本田氏は次のように述べます。

ただし、04年12月に発表された経済協力開発機構OECD)の「生徒の学習到達度調査」(PISA調査)の読解力の結果では、日本の成績上位層には低下が見られないが、成績下位層の比率と点数低下傾向が増大しており、全体ではなく下方に「底が抜ける」形での低下が危惧されることは忘れてはならない。

 これは「いわゆる学力の二極化が見られるとは言えない」と結論付けた小・中学校教育課程実施状況調査結果とは矛盾するものです。私にはPISA調査が示す傾向が正しいのか、小・中学校教育課程実施状況調査が示す傾向が正しいのかの判断はつきかねます(そもそも両調査からそれぞれ上のような傾向を読み取ることが正しいのかについても)。

 またPISAの調査では、数学が1位から6位に、読解力が8位から14位に低下したという結果が出ていますが(}˜^¤Šw—͂̍‘Û”äŠriOECD‚ÌPISA’²¸j)、これについて本田氏がどのような見解を持っているのかも気になるところです。

まとめ

 最後に本田氏は日本の教育が抱える最大の問題は、「子どもが教育内容に生活や将来との関連性や意義を見いだし得ていないこと」だと論じた上で、現状に対する処方箋として、

  • 「底抜け」を防ぐための、履修主義から習得主義への転換
  • 教育内容において実生活や仕事との関連を強化し明記すること

を提案します。

 そして最後に一言

今回の報告のように手前勝手に「愛」や「規律」「奉仕活動」を押しつけても、子どもたちはいっそう内面的な離反を強めるだけである。

 本田氏の議論を枝葉をつけながらまとめるとこんな感じになります。

 さて、このような問題提起を受けて考えるわけですが、

  • 学力は低下しているのか、また低下しているとして、いつの時点を基準にどの程度低下しているのか
  • 低下しているとして、その向上のために授業時間数の増加は有効なのか

といった点は今以上に議論されるべきだと思います。

 現状では規範意識の養成、塾禁止、30人31脚といったところに注目が集まっている反面、児童生徒の実情に関する議論が、ブロガーたちのあいだでも必ずしも深められていない気がするのです。

 とにかく(?)、興味がある人は本田氏の記事に目を通してみてください。おすすめなのです。