スカリゲルのソースについて

Plastic natureという概念の起源がスカリゲルの『演習』にあるのではないかという仮説があります。事実、GiglioniにせよAngelisにせよ、スカリゲルが論じる「形成する魂anima formatrix」をためらうことなくplastic facultyなどと呼んでいます。どうやらこの研究者たちはPlastic nature概念の起源をスカリゲルに求めているようです。

 しかし、この仮説には2つほど問題があります。まず第1にスカリゲルは(おそらく)plasticという言葉を用いてません。なので起源をスカリゲルに求めるのは慎重になった方がよいです。

 さらに彼が「形成する魂anima formatrix」について述べるのは、あくまでその議論に反論するためであることに注意せねばなりません。つまりスカリゲル自身は「形成する魂anima formatrix」という概念を導入する必要を認めていません。この点をGiglioniやAngelisは誤読しています。

スカリゲルが反論している以上、彼以前に「形成する魂anima formatrix」(ないしはそれに類似した)概念を用いて議論を行っていた人物がいるはずです。第一の候補はもちろんカルダノですが、彼の著作にはそれらしき議論はありません。もう一つはスカリゲルが直前で反論を行っているフェルネルです。しかしこのパリの医師はformatrixという言葉は使っていませんし、彼の議論自体もスカリゲルのものと重なる点は少なさそうです。

 ではスカリゲル以前に「形成する魂anima formatrix」などの言葉を用い、さらにカルダノでもフェルネルでもない人物とは誰なのか。

 というところで調査が止まっています。誰か分かりません。ヒントとしては、スカリゲルが仮想敵の議論を構成するときに天について「形相の保存者formae conservatrices」というような語り方をしている点です。これはどうも「形相付与者dator formarum」のようなアヴェロエス系の流れを連想させます。こちらの方向で調査するならZimaraやNifoがソースとしての候補として挙がるでしょうか。

 今日id:Freitagさんと話したときには、Marcello Cristoforoの名前が挙がりました。この人物については私はまだ何も知りませんが、どうやら重要なようなのでこちらも少し調査してみます。

 まだまだ五里霧中。