世界霊魂研究その13 カルダーノの熱の理論

 熱を魂と同一視するカルダーノの理論の特徴を記述するところを書きあぐねています。まず中世以来、熱をはじめとする一次性質は魂の道具であると考える見解が主流であったと書き、その後ルネサンスプラトン主義者であるフィチーノですら熱を魂の道具とみなしていたと続きます(『プラトン神学』第5巻)。最後にカルダーノとほぼ同時代人で、世界霊魂の理論を唱え、かつカルダーノと同じヒポクラテスの文章に依拠して熱の理論を展開したフェルネルですら、やはり魂と熱は区別していたという記述がきます。これらのことから熱を魂と同一視するカルダーノの理論がいかに大胆なものであり、同時に彼がしばしば熱は魂の道具であるかもしれないという譲歩を行っていた理由が理解できるというものです。

 とまあなんとなく理屈が通っている気がしますけど、これを論文に書こうとするとどうもロジックが破たんしているのですよね。とりあえず書く前に熱の勉強として

  • Martin Mulsow, Frühneuzeitliche Selbsterhaltung: Telesio und die Naturphilosophie der Renaissance (Tübingen: Niemeyer, 1998). 201-50

を見なくてはなりません。まずはカルダーノの部分を読みました。