なるほど、これは面白い企画だな。自然とそう思わせてくれる本が登場しました。
- 作者: 金沢百枝,小澤実
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/09/01
- メディア: 単行本
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本書が取り上げるのはイタリアの様々な都市にある教会に残る絵画や彫刻です。時にはその教会建築そのものが話に上っていることもあります。時代は中世。おおざっぱにいって400年から1500年くらいまでですね。
各章ではまず美術写真を収めた6枚から10枚ほどの写真が掲載されます。それに続き美術史家である金沢百枝さんと北欧史家である小澤実さんによる二つの解説が続きます。
掲載されている写真はどれも素晴らしく美しい。本書を手にしたならば、まずは歴史家の解説はスキップして次々現れる色鮮やかな写真の数々を堪能すべきでしょう。というか自然とそういう楽しみ方になると思われます。
しかしもちろん写真を味わうには時として知識が必要です。そこで必要になるのが専門家による解説。この本がよいのは解説が美術史家と政治史家二人の人物による二段構え構造になっている点です。
まず金沢さんによる美術的な観点からの説明があります。たとえば教会の建築様式とか、彫刻に現れているモチーフの解説とか、絵画の特徴の説明とか。
続く小澤さんの解説はその教会にゆかりある人物を解説することから、その場所が歴史的にいかなる意味を持ってきたかが明らかにされています。
こうして読者は美術を楽しみながら、それが生み出された時代の歴史にも思いをはせることができるようになっているのです。が、しかしまあなんと二人の説明が対照的であることか。
たとえば同じ聖堂についての解説の冒頭部をそれぞれ抜き出してみましょう。パヴィアという町にあるサン・ミケーレ・マジョーレ聖堂の解説です。
欧米の研究者の多くは、この聖堂の外壁の風化を「損傷」と見なして残念そうに語るのですが、私はこの磨滅が美しいのに、といつも思います。素材は砂岩です。砂岩は加工しやすく、色も美しいのですが、もろいのです。
建物から見てゆきましょう…
568年、ハンガリーからイタリア半島に侵入したゲルマン人の一派ランゴバルド人は、瞬く間に北イタリア全域にその支配勢力を拡大した。彼らは、法制度というローマ帝国の遺産と、信仰生活というキリスト教文化を十分に吸収し、北のフランク王国や東のビザンティン帝国とも対等にわたりあう王国へと成長した。このランゴバルド人が首都に定めたのがミラノ近郊のパヴィアである。そこに宮殿を建て、歴代王は即位式を挙行した。
どっちがどっちの解説かは言うまでもないですよね。これら二つの対照的なスタイルの解説が交互に現れるのを味わうというのが実は本書の(ちょっとマニアックな)楽しみ方ではないでしょうか。
私は美術史にもイタリア史にも明るいわけではないので、この本について専門家の立場から評価を下すことはできません。たとえば北欧史家がイタリア史の解説を書いているという点に一抹の不安を覚えますが、実際に記述の正確さを検証することはできません。美しい写真と個性的な解説を眺めて楽しむだけです。そしてそうやって楽しむ分には本書は申し分ない素材となってくれます。いやぁ、中世の絵にも味があるものですよ。というわけでみなさん本屋で見かけたらぜひ手にとって見てくださいね。
ところでこの本の主役の一人は間違いなく多くの写真を取ってくれた菅野康晴さんです。彼の名前が表紙に入っていてもいいと思うんだけどなぁ。
余分なつけたし
余計なお世話ですけど読んでいて気がついた点を。
とありますがこの時代の教会にカトリックという言葉をあてて大丈夫?
続く二つの記述はどうでしょう。
ペテロの殉教は起源67年か68年、暴君ネロ帝の頃ローマで逆さ磔にされました。その墓の上に建つのが、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂です(17世紀初めの建造)。(82ページ)
ペテロが逆さ磔で殺されたとかヘロデ大王が虐殺を行ったとかいうのはほぼ間違いなく史実ではないので、このような書き方はいいのかなと思ってしまうのです(詳しく書くことはしないですけどサロメの話もいろいろ複雑ですよね)。しかしこれらの伝承に史実性がないということを書き手は承知しているのでしょう。単にキリスト教関係の伝承を紹介しているのだと思います。一般読者にも紹介であることが分かるような書き方をした方がいいんじゃないかなと私なんかは思うのですけど、それは細かい点を気にしすぎかな?