Twetten、「アヴェロエスの第一動者の議論」

  • アヴェロエスの第一動者の議論」 David Twetten, "Averroes' Prime Mover Argument," in Averroes et les averroĩsmes juif et latin, ed. J.-B. Brenet (Turnhout: Brepols, 2007), 9-75.

 すごいものを読みました。ヴォルフソンやデイヴィッドソンすらかすんで見えるほどに深い考察がなされています。アヴェロエス宇宙論を論じる上で避けては通れない作品となるでしょう。

 まず特筆すべきなのは分析の基礎テキストとして『「自然学」大注解』を選択していることです。この著作はアラビア語の原文は散逸し、ラテン語ヘブライ語訳を通してのみ読むことができます。これら2つには校訂版が存在しないためその内容を検証するのは困難で、実際踏み込んだ分析はほとんどなされていません。Twettaは1562年にヴェネツィア出されたいわゆるジュンタ版アリストテレス全集(アヴェロエス注解付)に収録されたラテン語訳を用いているのですけど、これがまた読みにくいのなんのって。ラテン語の省略記法に慣れていなければ読めないのに加えて、そもそもアラビア語ラテン語訳が読みやすいはずもなく二重の意味で苦行になります。こうした困難を乗り越えて『「自然学」大注解』を基礎テキストに選んだというのはもうそれ自体が偉業といえるでしょう。

 もうひとつ優れているのは分析の中心を『「自然学」大注解』におきながらもその他数多くのアヴェロエスの著作を引きながら彼の宇宙論を再構成しようとしている点です。それらのうちのあるものはアラビア語原文が残っていますが、時としてヘブライ語、あるいはラテン語訳しか残っていないものもあります。これら複数の言語で書かれた数多くの著作を通覧することで、従来のアヴェロエス研究では見えてこなかったアヴェロエス宇宙論の全貌が見えてきています。

 中身を解説しようとすると長大な記事になってしまうので今日のところはしません。ただ天球の運動の原因についてアヴェロエスがどのように考えていたのかという問題については、ここで決定的な回答が出されていると思います。天球を動かすのは知性と霊魂なのか、それとも知性だけなのか。一見相互に矛盾するアヴェロエスの諸発言を読み解くことで整合的な学説が導かれていく過程は鮮やかです。