NSFの欠陥 古人類学におけるCIAスパイ疑惑

科学が裁かれるとき―真理かお金か?

科学が裁かれるとき―真理かお金か?

  • R. ベル『科学が裁かれるとき 真理かお金か?』井山弘幸訳、化学同人、1994年、9–66ページ。

 米国科学財団(NSF)による研究助成事業選定にひそむ欠陥をあらわにした事例研究を読みました。考古学者ヨン・カルプは、エチオピアで古人類学の大規模な調査を行うための3つの申請を1976年にNSFに提出しました。彼は調査責任者として名を連ねてこそいませんでしたが、読む人が読めばそれらの申請の中核にカルプがいることは明らかでした。この申請の審査には、カルプと対立関係にあった研究者を多く擁するカルフォルニア大学バークレー校のメンバーがあたりました。彼らのうちのドナルド・カール・ジョハンスンとグリン・アイザックはカルプがCIAのスパイであるという噂を流し、それがNSFでの申請審査の場でも議論されるよう仕向けました。残された資料からは、カルプが関与した申請が学術的に高い評価を受けながらも、すべて却下されたこと。彼のスパイ疑惑が審査のさいに議論されたことが分かります。CIAがフィールド調査を隠れ蓑として使い、各国にスパイを送り込んでいるという疑惑は、多くの人類学者が感じており、この噂はそのような危惧を巧妙に利用したものであったと言えます。最終的にカルプはスパイ疑惑によりエチオピアを追放されるにいたりました。彼が有していた発掘調査権は、ジョハンスンらに引き継がれます。しかもその引き継ぎ調査のための資金はNSFからピア・レビューなしで提供されました。審査過程に不信感を抱いたカルプはNSFに繰り返し審査についての文書の開示要求を行いました。度重なる要求と法廷闘争の結果明らかとなったのは、NSFが申請者からの開示要求に答えないですますために巧妙な(そして違法な)機密文書保存システムを構築していたことでした。

 以上の経緯から分かることは、当時のNSFの事業選定過程には、申請者と利害対立関係にある人物を審査員から除外する仕組みがなく、それゆえ悪意から流された不当な噂が審査過程に決定的な影響をおよぼすことを許容し、しかもその過程を検証する手段を申請者から奪っていたという複数の欠陥を抱えたものであったことが分かります。