- Peter C. Kjærgaard, "The Fossil Trade: Paying a Price for Human Origins," Isis 103 (2012): 340–55.
- http://www.jstor.org/stable/10.1086/666365(無料ダウンロード可能)
科学における金(money)を扱った特集から、古生物学・古人類学を取り上げた論文を読みました。
化石は生命の歴史を解き明かす貴重な証拠であるだけでなく(というかそうであるからこそ)、金銭的価値を持つものです。古生物学の歴史研究はこの化石の商業的価値の側面を考慮する必要があります。この分野の歴史では、化石を売ったり買ったりという事例を多く見出すことができます。たとえばメアリー・アニングは収集した化石を売ることで父亡き後の一家の生計をたてていました。ダーウィンはビーグル号での航海途中に現地の人々から標本を買っています。個々のケースで状況は違えども、化石を売るという行為に共通するのは(当たり前ですけど)、売ることでお金が得られるということでした。アニングの発見した(とされている)イクチオサウルスの化石はまず化石を収集していた人物に23ポンドで売られ、最後に大英博物館が47ポンド5ペンスで買い取りました。化石収集に補助金を出す人物にも長い歴史があります。Annie Montague Alexanderは化石採集のための遠征に出資したり、1908年に立てられた脊椎動物博物館(これ)の設立費用の大部分を負担したりしています。
20世紀に入ると化石市場は拡大します。ニューヨーク自然誌博物館がオークションにかけた恐竜の卵の化石は5,000ドルで売れました。オークションの告知と合わせて寄付をつのったところ50,000ドルが集まりました。1990年にティラノサウルスのスーの化石が見つかったときには、Peter Larsonという化石商が土地の所有者に5,000ドルを支払ってそれを買いました。しかし実は見つかった土地の権利は連邦政府が持っていため、その化石は内務省の許可なく売ってはいけないものでした。そのためスーはFBIなどを経由してもとの持ち主のところに戻されます。その後、化石は競売にかけられ836万ドルで売れ、そのうち760万ドルが所有者に支払われました(最初の5,000ドルとの差!)。いっぽう、最初に化石を買ったLarsonは2年間投獄されます。こういうべらぼうな値段がついたことにたいして、古生物学者の多くは価格高騰により大学や博物館が研究のために化石を購入することができなくなるという懸念を表明しました。しかし値段が釣り上げられたことで、かえってこれまでどこにいっていたか分からなくなっていた化石が再度売りに出されるということも起こりました。
人間の化石の場合、見つかる総数が少ないため市場に流れる機会は他の動物の化石ほど多くはありません。しかしたとえば2009年にオスロー大学の自然史博物館が発表した化石標本(イーダと呼ばれた)は2006年に非常に高い金を払って匿名の人物から購入したものです(当初売り手が提案した額は100万ドル)。
人間化石の採集には金も人でもかかります。ジャワ原人と呼ばれることになる化石標本を見つけたデュボワはオランダ占領下のインドネシアで現地人を強制労働させることで多くの貴重な化石を発見しました(この労働により彼らはオランダへの税を納めるとされた)。化石の保存状態がいい場所で価値のある標本を発見できるかどうかは、研究者にとって継続的な調査を行うことができるかとか、業績をつみ上げテニュアを取得できるかというような生存にかかわる問題であり、それゆえ時として調査権をめぐる衝突が起こります。Jon KalbがCIAのスパイであるとされ、エチオピアでの化石調査に関する権限を奪われ、その権限をDesmond Clarkが引き継いだ事例では、どうやらアメリカのNational Science Foundation(研究資金を与えていた組織)を巻き込んだ闘争が背後にあったようです(この論文の記述からでは正確になにがあったかについてはよくわかりません。Bell, Impure Science, 1992, pp. 1–36を読むとよいようです[邦訳あり])。
古生物学や古人類学においてだけ、例外的に金銭の調達と科学的知の生産が強く結びついているわけではありません。むしろその結びつきは現代の科学一般に見られるものです。そうであるならば、金に注目することは科学史における行き過ぎた専門主義を回避する道具となるかもしれません。それは各事例に即したローカルなコンテキストを発掘すると同時に、その成果から科学についてのより一般的な洞察を取り出すことを可能にするからです。
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