植物の霊魂が世界霊魂か:ガレノス『胎児の形成について』

Selected Works (Oxford World's Classics)

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 こちらのガレノス英語訳集を使って『胎児の形成について』と題された作品を読みました(177–201頁)。ここでガレノスが直面した問題というのは次のようなものです。

 妊娠した女性の子宮内部では胎児が形成される。この胎児は一体何によって形成されるのか。ストア主義者たちとアリストテレス主義者たちは、まず心臓がつくられてその後は心臓によってその他の部位が形成されると主張している。しかし観察から、最初に形成されるのは心臓ではなく動脈・静脈であることが分かっている。心臓が形成されるのはこれらの脈を起点に肝臓が形成されたさらに次の段階でのことである。そのため、ストア主義者たちのように最初に形成された部分がその他の部分を形成すると考えるのではなく、一つの力がすべての部位を形成すると考えなくてはならない。

 それではこの力とはなにか。一つの有力な候補は植物が有する霊魂である。というのも、胎児は心臓が形成されるまでのあいだは、植物と同じような生を送っているということはあらゆる医師と哲学者が同意するところだから。そのため、もし胎児が最初から最後まで一貫してひとつの力によって形成されるとするならば、その力は植物的霊魂であると考えられる。しかしこの考え方には大きな難点がある。何も知性を有さない植物的霊魂が、これほど精緻に構築された人体を形成することができるだろうか。仮に胎児を形成する霊魂を人間が持つ理性的霊魂と考えてもこの問題は解決しない。なぜなら私たちですら、生まれたあとに多大な精力を解剖に傾けてはじめて筋肉や神経のつくりを知るのであるし、それでもなお未知なことがらが人体には数多くある。それなのに生まれる以前の霊魂がすでに人体の仕組みを把握し、それを形成することができると考えることができるだろうか。

 それでは後に人体を統御することになる霊魂とは別のより高次な霊魂を胎児の形成の原因として考えることはできるだろうか。ガレノスの師の一人は世界中に浸透している霊魂、すなわち世界霊魂が胎児を形成すると主張していた。たしかに形成に必要とされる知性の高度さという点で、このような世界そのものを統御する高次の霊魂が発生に関わっていたとしてもおかしくはない。しかしもし世界霊魂があらゆる生物の発生のさいの体の形成を行うとすると、サソリや毒グモのようないむべき生き物までこの霊魂の産物となってしまう。これは不合理であるばかりでなく、不敬な結論のように思われる。

 このように「体の諸部分を構築する霊魂という主題はあらゆる角度から見て問題含みである」ため、「私たち人間を構築する職人については、確かな理解は言うに及ばず、蓋然的な見解という水準ですら何も発見することが私にはできない」。ガレノスはこうして胎児を形成する力の正体を明らかにすることを断念した。