医学者による形相の形而上学化

The Life Sciences in Eighteenth-Century French Thought

The Life Sciences in Eighteenth-Century French Thought

 Rogerの古典から、1550年から1650年までの100年間についての大胆な見通し(の一部)をまとめておきます。私がまとめるとRogerの強みの9割くらいは落ちてしまうので、詳しく知りたい人はぜひ本体を手にとってみてください。

 16世紀のアリストテレス主義は試練にさらされていました。アヴェロエスの知性単一説は個別的霊魂の不死性を否定する学説とみなされていました。またポンポナッツィは人間霊魂の不死性は哲学的議論によっては証明することはできない;アリストテレス哲学をつきつめれば、霊魂の可滅性を唱えるアレクサンドロスの学説にたどり着くと主張し、大きな論争を巻き起こしていました。これに加えて15世紀以降復興したプラトン主義側から、アリストテレスの哲学はキリスト教の教義と相容れないという批判が寄せられていました。

 このような圧力の中でスカリゲルとフェルネル(二人とも医学者です)は、新しい霊魂像を提出します。彼らにより身体の現実態であるという霊魂の側面は弱められ、代わりに霊魂、というより霊魂を含むあらゆる形相は非物質的で神によってつくられたもので、質料からは独立であるということが強調されます。これにともない、形相により発揮される能力というのも質料との結びつきを弱めて、創造の際に神により形相に与えられたものだと理解されるようになります。これはガレノス流の霊魂(とその能力)の理解から離反することも意味していました。伝統的な生理学との決別です。

 こうして世界の秩序というのは究極的には神にさかのぼり、現実的には神が創造したさまざまな形相(霊魂)の活動が世界の運行を司ることになります。これは物質と形相の結合を重視するアリストテレスの質料形相論を骨抜きにし、彼の哲学を形而上学的な体系へと変質させていくことになります。この変質は自分はアリストテレスに忠実だと考えながらも、その実彼を裏切っている人々(フェルネル、ファブリキウス、リオラン父、リチェティ、パリサノ)らによって担われることになります。このように変質したアリストテレス主義は、ルネサンスの熱狂が去った17世紀の医師たちにはあまりに抽象的にうつり受け入れられませんでした。これにより医学の分野でのアリストテレス主義は決定的な衰退を迎えます。

 16世紀前半のアリストテレス主義の危機が医学者による形相の形而上学化を促したというのは大変優れた洞察だと思います。Lohrのアリストテレス主義の変質の議論と対比させながらその意義を取り出したいところです。