合金の中の原子

Atoms And Alchemy: Chymistry And the Experimental Origins of the Scientific Revolution

Atoms And Alchemy: Chymistry And the Experimental Origins of the Scientific Revolution

 ウィリアム・ニューマンの『原子と錬金術』は17世紀に現れた粒子論・原子論者たちにスコラ哲学の物質理論を論破する経験的・実験的論拠を与えたのは錬金術の伝統であったという主張を掲げた野心的な研究書です。この本の核の一つは112頁から125頁にかけての記述だと思います。

 原子論者でありアリストテレス主義者であったダニエル・ゼンネルトは、1619年に出版した本の中で次のような実験の結果を使って自らの原子論を裏付けてみせました。金と銀の合金を用意します。この合金は一見すると均質な物体であり、その点で単なる物体の集積(たとえば塩と砂糖を混ぜたようなもの)とは違います。しかしこの物体を硝酸につけると銀が溶け出します。さらにこの銀が溶け込んだ硝酸に炭酸カリウムを加えると、銀が現れます。

 この実験結果はスコラ学者たちによって支持されていた物質理論に大きな疑問符を突きつけるものでした。彼らの理論では、例えば銀と金の混合物が形成されると、これらの金属の形相というのは消滅して新しい合金の形相が現れるか、あるいは元の金属の形相は消滅こそしないものの互いに弱め合って新たな合金の形相を形成するようになるとされていました。

 この理論と上記の実験結果が両立しないことをゼンネルトは見抜いていました。元々の金属の形相が消滅するか弱まっているなら、なぜ硝酸によって銀が溶け出したり、硝酸に溶け込んだ銀が炭酸カリウムによって再び現れたりするのでしょう。むしろ、最初から銀と金の形相は合金中でも変わることなく保持されており、それが外部からの影響で分離すると考えた方がいいのではないでしょうか。この保持されている形相が原子によって担われていると考えるのががゼンネルトの物質理論の肝です。

 実際、混合物からの構成要素の復元が説明困難であることはスコラ学の伝統に連なる人々にも理解されていました。アリストテレスは『生成消滅論』の中で混合の一つの例としてワインを水に溶かす例を挙げています。元来アリストテレスは混合物からは元の構成要素が取り出せると主張しており、しかも水からワインが分離できることはすでに古代からよく知られていました。したがってスコラ学者としてはこの水とワインの分離をなんとか説明する必要があるはずでした。しかし彼らは例えばワインが水から分離できるのはまだ混合が不完全だからと言って、これらの液体の分離と混合の理論を関連させるのを拒否したりしました(コインブラ注解)。また混合物からの構成要素の復元を説明するにしても、水とワインという例ではなく、より説明の簡単な元素の復元という事例に焦点を移してしまうということを行っていました(トレトゥス、ザバレラ)。