自然の最小者の観念 Van Melsen, From Atomos to Atom

 基本書からアヴェロエスから16世紀までの最小者の理論の展開を追った章を読みました。アヴェロエスは自然の最小者(minima naturalia)をそれ以上分割するとあるものがあるものでなくなってしまう段階にあるものと定義しました。これは量に関しても質に関しても言えると彼はしています。彼はまたこの理論を抽象的な水準での考察に留めるのではなく、具体的な生成消滅過程の説明に適用する方向性を示す議論を行いました。ここにいたって最小者は単なる思考の対象ではなく、実際の物体を構成する部分として観念されるようになります。

 中世ラテン世界ではスコトス派が一定以下の大きさになると物体がその物体で在り続けることが難しくなるとしたり、その境界の大きさの程度は環境によって異なるとされたりしました(それぞれビュリダンとザクセンのアルベルトゥス)。しかしやはり最小者の理論をよく用いたのはアヴェロエス派でした。ブラバンのシゲルスはアヴェロエスの教えに忠実に従っています。ただしジャンダンのヨハネスは最小者を実際の部分というよりも物体がどこまで小さくなりうるかという思考上の対象として捉えていました。

 最小者の具体的解釈を大規模に展開したのがアゴスティノ・ニフォです。彼はアヴェロエスにしたがって最小者を措定し、それを物体の増加や現象を説明するために用いました。また彼は同じくアヴェロエスにしたがって量の面での最小者と質の面での最小者を認めています(両者は対応するらしい)。混合の問題についてもニフォは混ざるときには材料はそれぞれの最小者単位にまで分かれるとしました。彼によればこの最小者が混合物中で自らの形相を保持しながら、別の最小者の形相と相互作用しあって均衡状態を創りだすことで、混合物の新たな形相が生まれると言います。これはアキッリニのように最小者が作用しあって新たな形相が生まれ、元の最小者の形相は失われるという理論とは少し異なります。またザバレラによる新たな形相は材料(彼の場合は元素)の形相の組み合わせからなるという理論とも少し違っていました。

 いずれにせよこれらの論者達において具体的な物質の反応を構造的に把握しようとする努力がはじまりました。彼らの最小者は確かに原子ではありません。それは一定の性質を持っており、しかも変化することが可能なものと観念されていたからです。しかしそれでもアヴェロエスによる物理的な最小者の把握の方式は、物体とそれを構成する素材の関係を具体的に考える手がかりを与えました。

 この思考を更に発展させたのがスカリゲルです。彼は最小者をそれ以上分割できない最小単位と観念するだけでなく、それを物体の最小の構成要素ともとらえていました。彼は最小車によりたとえば物質の濃と希を説明します。たとえば最小者がつくる隙間に空気が多く入っていればそれは希薄であり、逆に空気が入らないほど最小者が詰まっていればそれは濃密ということになります。また彼は元素の最小者は土、水、空気、炎の順番に小さくなると考え、火の熱が物質の濃密さを下げるのは、小さな火の最小者が当該物質の最小者がつくる隙間に入り込み、全体として当該物質を膨張させる体としました。同様に最小者に依拠した説明としては、火が燃え移りにくいのは、土の元素が火の元素よりはるかに大きいためだというものがあります。最後に彼は混合理論もまたニフォと同じように最小者の概念を使って説明しています。スカリゲルの新規性は最小者の物理的性質を説明し、その性質を物体の具体的な性質と関連づけようとしたことにありました。実際17世紀に現れる初期の原子論者たちによる自然現象の説明の多くはスカリゲルのうちに見出すことができます。