ベーコン自然誌のモデルとしてのノート取り

 フランシス・ベーコン(1561–1626)が自分のために残していたノート類が現在まで失われずに残っており、大英博物館に保管されています。1608年に作成されたこのノートのなかでベーコンは、自分の作成したメモを整理するにあたり、「商人が使う雑記帳(a Merchant’s wast booke)」のように手元の書類を再構成するのがよいと書き残しています。そこには「質料、形相、商業、研究、自分についてのこと、[国家(ないしは王への)]奉仕について、手当たり次第でも一覧の形でも、とにかく遠慮することなく書き込む」とされています(Spedding全集、11巻、62ページ)。

 商人の話は3年前に執筆された『学問の進歩』(ロンドン、1605年)にもあらわれています。自然を操作可能にする自然魔術の現状が不十分なものであるため、その不備を補わねばならない。こう論じるなかで、ベーコンは次のように述べます。

この部門[自然魔術]には、本気になって、空論やもっともらしい言説に耳を傾けないなら、作業そのものを形而上学から導き出し引き出すだけではなく、一つには、これからの発見の準備のために、もう一つには、不可能なことを企てない警戒のために、たいそう役にたつ二つの仕事が属している。第一は、人間の財産目録にも似た一覧表をつくることであって、それには、現存していて人間がいま所有している(自然または技術の作品あるいは成果である)あらゆる発見をのせねばならない。そしてそれから、どのようなものがなお不可能と考えられているか、あるいは発見されていないかという記述がおのずから生まれてくるのであるが、その一覧表は、不可能といわれている一々のことに、その不可能なものにもっとも近いどういうものが現存しているかが付け加えられるなら、一段とできあがりがよく、役にたつものとなるであろう。(服部英二郎、多田英次訳「世界の大思想6」94ページ)

 おそらくここでベーコンが念頭に置いているのは、債権と債務が見開きに書かれた目録のことです。同じように人間にとって可能となった発見と、不可能(であったり発見されていなかいもの)なものが見渡せる一覧表の作成が勧められているわけです。

 これ以外の箇所でもベーコンは自然探究の基礎(彼は準備と呼ぶ)として、基本的な現象についての信頼できる観察を網羅的に集めた誌(ヒストリー)をつくるべきと提唱しています。こうやって集められた誌から、より一般的な自然哲学、形而上学の命題を手に入れ、それを自由に操作することで自然魔術を実践することがベーコンの自然哲学の目標でした。上記の引用からうかがえるのは、この一覧をつくるという彼の哲学の基礎にある活動のモデルとして念頭に置かれていたのが、商人から学んだところのノートをとるという作業であったということです。ベーコンが採用していた情報処理の方法が、彼の哲学構想全体を規定していたことを理解せねばなりません。

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