錬金術と職人の認識論

The Body of the Artisan: Art And Experience in the Scientific Revolution

The Body of the Artisan: Art And Experience in the Scientific Revolution

  • Pamela H. Smith, The Body of the Artisan: Art and Experience in the Scientific Revolution (Chicago: University of Chicago Press, 2004), 129–51.

 パメラ・スミスの書から、錬金術が職人に自らの認識を表現する言語を与えたと論じる章を読みました。アルトドルファーやデューラーの絵には錬金術からとられたモチーフがあります。ブリューゲルとボスの絵にも議論の余地はあるものの、錬金術の金属変成の過程を象徴的に表現したとおもわれるものが存在します。ファン・アイクが朱の顔料をつくる過程が錬金術と表現されることもありました。朱は水銀と硫黄からつくられ、それらは錬金術では基礎物質とされていたからです。当時の傑出した職人のなかには金細工師であったり、金細工師のもとで徒弟をしていた人物が多く、残された史料からは金細工師の多くが錬金術書を所有していたことが知られます。最後にパラケルススは自然の過程とはすべて錬金術的なものであり、それを利用して人間に有用な成果をもたらそうとするものはすべて錬金術師だと考えていました。

 以上の例から分かることは、15, 16世紀の職人が自然についての知識を有することを主張するときには、錬金術の、ないしは錬金術に類似した言語をもちいていたということです。手仕事と精神の仕事の鋭い区別が崩れ両者が新しい関係を構築するなか、錬金術は職人たちに自分たちの知識を表現するための言語を与えたといえます。ビリングチオがあらゆる技術の原基とみなし、医療技術と深い関係を持っていた錬金術は、初期近代の「物質についての俗語的学知 a vernacular science of matter」を形成していました。この俗語的学知、あるいは俗語的認識論(a vernacular epistemology)の実践の場としての職人の作業場を新しい科学の起源の一つとみなさねばなりません。