空想のアレクサンドロスと近代の人間 ヴァールブルク「中世の表象世界における飛行船と潜水艇」

ルネサンスの祝祭的生における古代と近代 (ヴァールブルク著作集4)

ルネサンスの祝祭的生における古代と近代 (ヴァールブルク著作集4)

  • アビ・ヴァールブルク「中世の表象世界における飛行船と潜水艇」加藤哲弘、伊藤博明訳『ヴァールブルク著作集4 ルネサンスの祝祭的生における古代と近代』ありな書房、2006年、25–47ページ。

 ヴァールブルクが1913年に発表した論文を読みました。おそらくは1450年から60年のあいだにつくられたフランドル産の巨大なタピスリーがローマに保存されています。そこに描かれているのはアレクサンドロス大王の生涯です。この描写の特徴は、それが飛行船で空を登り、潜水艇で海に潜る大王を含む点にあります。飛行船というのは人が入れる大きさの鳥かごにグリフィン4羽を結びつけ、グリフィンの力で飛ぶものです。潜水艇はこれまた人が入れるほどの大きさのガラスの樽で、これが海に沈んで行っています。この二つの場面がいかに空想的に思えようとも、アレクサンドロスの飛行船と潜水艇は当時確かな典拠を持つ事実と考えられていました。同じころに大王の生涯を物語っていたジャン・ウォクランはグリフィンにより上昇し、大地を「小さな庭のよう」に、海を「小さい蛇のよう」に見たアレクサンドロスを物語っています。潜水艇に関してもウォクランは語っており、大王は海底で「男や女の人間の形態をした魚を見た。この魚たちは二本の足で歩き、地上で人間が動物を狩るのと同じように、食べるために魚を狩っていた」とされます。グリフィンによる飛行が古代の太陽神崇拝を想起させるとはいえ、以上のような空想的な描写は古代の主題から遠いように思えます。しかしこの空想は世界の支配を目指す近代的人間像と併置されていました。タピスリーには火を使った大砲の使用の様子もまた描かれているからです。それはブルゴーニュ公フィリップ善良公(タピスリーは彼のためにつくられた)の要塞砲撃隊を描いたものでした。こうしてここ北方においてもイタリアにおいてと同じく、古代を想起しようとする意志は世界支配の意志を伴っていたことが分かります。

空飛ぶアレクサンドロスの一例


メモ

メフメット二世の曽祖父にあたるバヤズィト[一世]は、自らの家系がアレクサンドロス大王の血筋を引くことを、すでに信じていた。バヤズィトは、1396年のニコポリスの戦いで捕らえたブルゴーニュの王子ジャン(フィリップの父親)の身代金として、アラス織りで織られた、アレクサンドロス大王の登場するタピスリーを所望し入手したのである。そして、またメフメット二世本人も、毎日アレクサンドロス大王の物語を朗読させて、全世界をどのようにして征服するかを、この偉大なマケドニア人から学んでいたと伝えられている。(46–47ページ)