種は変移するか Rudwick, Worlds before Adam, ch. 17

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

  • Martin J. S. Rudwick, Worlds before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform (Chicago: University of Chicago Press, 2008), 237–50.

 1830年代の議論を支配するライエルの地球史を準備したものとして、生物変移の可能性をめぐる議論が取りあげられます。1820年代には生物種がかつて絶滅してきたことは当然視されていました。しかし大量絶滅のあとに出現するようにみえる新たな種はどこからくるのかを説明するのは困難でした。ここでラマルクの「変移論 transformism」を説明原理として持ち出す人物が現れます。キュビエの同僚であったエティエンヌ・ジョフロワ・サン=ティレール(1772–1844)はワニの化石の観察から、爬虫類から哺乳類への変移が示されると主張しました。変移の原因として彼は奇形を挙げました。奇形として生まれた個体が変移のはじまりとなるというのです。ジョフロワの見解が広く受け入れられることはありませんでした。生物種は環境に適応しているのだから奇形が適切な種として残ることはない。そもそも環境に適応した生物種があることこそ神のすぐれた世界デザインの証明なのだから、それを奇形のような偶然に端を発するものとするのは認められない。このような難点と並んで、ジョフロワが提示したワニの変移の過程は当時の地質学の知見と両立しがたいものであったことも、彼のテーゼの説得力を失わせました。

 しかし少なくともジョフロワの主張は、変移説がまだ無視できぬ学説であることを示していました。事実若きチャールズ・ライエルはジョフロワの著作を読んで以降、ラマルクの変移論を真剣に考察するようになります。彼は人間の起源を動物にさかのぼらせかねない変移論を拒絶しました。そのために彼が構想したのは変移説の前提である生物が低位から高位の種へと方向性をもって(directional)出現しているという化石調査に基づく見解を否定することでした。また彼は地球が原初の非常に熱い状態からじょじょに冷却されてきたというモデルも疑問視しました。むしろ地球は熱くなったり寒くなったりというサイクルを繰り返しながら、長いスパンで見れば定常状態を保っているのではないか?同じ定常状態は生物種にも認められるのではないか?ここからライエルの地球史が出発することになります。