複数説同士の対立 Duba, "Souls after Vienne" #7

Psychology and the Other Disciplines: A Case of Cross-disciplinary Interaction (1250-1750) (History of Science and Medicine Library: Medieval and Early Modern Science, 19)

Psychology and the Other Disciplines: A Case of Cross-disciplinary Interaction (1250-1750) (History of Science and Medicine Library: Medieval and Early Modern Science, 19)

  • William Duba, "The Souls after Vienne: Franciscan Theologians' Views on the Plurality of Forms and the Plurality of Souls, ca. 1315-1330," in Psychology and Other Disciplines: A Case of Cross-Disciplinary Interaction (1250-1750), ed. Paul J.J.M. Bakker, Sander W. de Boer, and Cees Leijenhorst (Leiden: Brill, 2012), 171-272.

 Gerald Odonisはおそらく1326年にパリ大学で『命題集』の講義を行った。彼はアクィナスの単一説に反対する。単一説では、処刑から復活までの三日間のあいだ墓のなかにあったキリストの身体がほんとうにキリストの身体であるとはいえなくなってしまう。またひとつの実体のうちに複数の実体形相を認めることなしには、原罪の継承が説明できなくなるとも彼は主張した(これはフランシスコ会のなかでは、すくなくともWilliam de la Mare以降は標準的な意見であったらしい)。ゲラルドゥスによれば身体は理性的霊魂と独立の存在でなくてはならない。この独立の存在は質料と形相の結合体でしかありえない。とすると、人間は第一質料、身体性の形相、理性的霊魂の三つから構成されていることになる。このように複数説を認めながらも、ゲラルドゥスはさらに人間のうちに理性的霊魂とは別の感覚的霊魂を認めることはなかった。もし感覚的霊魂を認めてしまえば、理性的霊魂と身体とのつながりが切れてしまう。これは公会議の教えに反する教えであり、異端の恐れがあるというわけであった。

 他方ガルダのヒムベルトゥス(Himbert of Garda)が1330年ごろに書いた『命題集注解』では、まずフランシスコ会士たちは一団となって、アクィナスの単数説に対抗して複数説を支持しているとされている。同時にヒムベルトゥスはゲラルドゥスとは反対に、人間のうちに二つ以上の形相を認める立場に立った。理性的霊魂は感覚的霊魂とは区別されて存在するし、ひとつひとつの器官もまた独自の形相をもっている。こうしてヒムベルトゥスは、実体のうちの形相の数を最大化したのであった。