スカリゲルがイデア論を批判するときに、近年の著作家の解釈として「プラトンのイデアを illustres notitiae と理解する」というものを紹介しています。この時彼はいつものようにその人物の名前を具体的に述べることはしていません。しかしその箇所のマージンに「メランヒトン」と書かれています。これはルターの右腕であるフィリップ・メランヒトンのことです。
ではスカルゲルはメランヒトンの著作の何を見ているのか。彼の著作には手がかりはありません。鍵となる記述はスカリゲルの著作を解説するためにゴルラエウスが書いた著作にあります(グーグル・ブックでダウンロード可能)。ゴルラエウスによると、メランヒトンはこの見解を「[アリストテレスの]倫理学を説明するときに述べている」と言っています。しかしゴルラエウスも具体的な著作名は与えてくれていません。
そこで以後は自分で調べなければならないといけません。まずWorldCatで「Melanchton, ethic*」という条件で検索します。すると100ほど候補が出てくるので、スカリゲルが読んでいた可能性が高い1550年代周辺のものに絞り込みます。
次にグーグル・ブックに行って、それらの著作がダウンロード可能になっていないかを調べます。すると
- Ethicorum Aristotelis primi, II, III, et V. librorum enarratio (Lyon, 1548)
という作品があることが分かります。出版年は1548年。スカリゲルが読んでいた可能性は十分あります。
そこでこの著作をOCRにかけ、「Plato」で検索。ヒットした箇所を順番に見ていくと36ページに
Certum est Platonem ubique vocare ideas perfectam et illustrem notitiam […].
という記述があります。はい、これがスカリゲルが言及している学説ですね。
もちろんすべての問題が解決したわけではありません。というのも、メランヒトンは1529年からアリストテレス倫理学が関係の著作を機会あるごとに出版しているので、私が調べた版がスカリゲルが執筆の際に用いた版であるかどうかは分からないからです。ただし私が用いたものも1548年にリヨンで出されたものなので、スカリゲルがまさにこの版を用いた可能性は排除できません。とにかく具体的な版の確定は現時点ではできませんし、恐らくは永遠にできないでしょう。
厳密にいえばこのような問題が残るにしても、とりあえずスカリゲルが言及していた学説の出所を確認したことで、歴史家としての務めの一つは果たしたことになります。
ちなみにこの一連の作業で使用したスカリゲル、ゴルラエウス、メランヒトンの著作のすべてをグーグル・ブックでダウンロードすることが可能です。ほんの1年前には日本にいながらこの手のソースの確定をすることは不可能でした。グーグルに感謝です。