Endress, Averroes' De caelo

  • Gerherd Endress, "Averroes' De caelo, Ibn Rushd's Cosmology in His Commentaries on Aristotle's On the Heavens," Arabic Sciences and Philosophy 5 (1995): 9-49.

 ご存知Endressによるアヴェロエスコスモロジーを扱った長大な論文です。ここでは天の霊魂について扱った第2部だけを取り上げることにしましょう。

 アヴィセンナは天球はその霊魂によって動かされると考えていました。この見解を裏付ける発言はアリストテレスの著作にも見出されます。例えば『天について』では「天は生きものであり、運動のはじめ[原理]をもつ」と言われています。

 これに対してアヴェロエスは天球が霊魂を持つことを否定します。しかしこれを否定することはアリストテレスの見解自体を否定することにならないでしょうか。そこで彼は天が霊魂を持つと言われるのはあくまでequivocalに言われているのだと主張します。

 さらにアヴェロエスは天球が(霊魂を通して)表象を持つということも否定します。というのも表象を持つということは感覚を持つということであり、感覚は自己保存のためにある。しかしながら天球は永遠のものであるから自己保存の必要がない。そのため天球は感覚を持たないし表象も持たないことになります。

 アヴェロエス自身は天球はそれから離れて存在する知性によって動かされると考えます。この知性が神を愛し、自らのことを考えることで天球を動かします(なぜ動くのかという具体的メカニズムはよくわかりません)。

 ここで興味深かったのはこの知性のことを非物質的な形相といい、さらにはそれを「動かす力moving force」と言い換えている点です。天体を動かす知性を力と言い換えるというのは、後にケプラーがやっていることです。別に両者のあいだに関係があるとか現時点で言うつもりはありません。しかし覚えておくに値する点だなと思いました。

 もう少し理解を深めるためにアヴェロエスのSubstantia orbisを見なければなりません。