ゼンネルトと新しい病因論

 初期近代の新しい病因論が改訂を加えられた質料形相論によっていかに支えられていたかを明らかにした論文です。伝統的なガレノス医学では病気は体液のバランスが失われることによって起こると考えられていました。以前の記事でも触れたように、この考えは16世紀半ばのフランス人医師であるジャン・フェルネルに批判されます(参照)。フェルネルによれば病気というのは外部から病気の原因が到来し、それが体を支配している形相を損なうことによって起こります。同じく16世紀の医師であるパラケルススも病気の原因は外部から到来すると考えていました。

 17世紀のヴィッテンベルク大学医学部教授であるダニエル・ゼンネルトはこれらの論者に端を発する新しい病因論をみずからの質料形相論の中に取り込みました。彼によれば確かに病気の原因となる存在がある。しかしそれはフェルネルがいうように形相を損なうわけではありません。例えば癲癇の場合、損なわれるのは形相が道具として使う精気です。この精気の働きを妨げるのは、体の中である時点から活動を開始する形相です。この形相は呼吸や接触やその他の原因によって体内に入ります。その段階では取り込まれた当初の物体の中に可能態として存在しているだけなので特に何もしません。それが可能態にとどまっているのは当初の物体(たとえば食物)の主たる実態形相の支配のもとにあるからです。しかし一度消化が起こりこの実体形相の支配から離れると、それは可能態から現実態に移行します。その結果、その形相の活動が精気その他の身体活動を害することになります。

 ゼンネルトは、この従属する形相の理論を16世紀のユリウス・カエサル・スカリゲルから引き出しています。また体の中に入った病気の原因がある時点で作動するようになるというメカニズムはペトルス・セヴェリヌスから採ったとされます。

 こうして16世紀半ばに現れた病因論がゼンネルトの哲学体系の中に位置づけられました。ブランクは触れていないものの、ゼンネルトは質料形相論者でありながら原子論者であったので、彼によるこの理論は16世紀以来の新しい病因論が新しい物質理論のなかで再定式化される重要な一局面と位置づけることができます。