社会理論における構造 二元性と通時的変化 Sewell, Logics of History, ch. 4

Logics of History: Social Theory and Social Transformation (Chicago Series in the Practices of Meaning)

Logics of History: Social Theory and Social Transformation (Chicago Series in the Practices of Meaning)

  • William H. Sewell, Jr., Logics of History: Social Theory and Social Transformation (Chicago: University of Chicago Press, 2005), 124–51.

 社会をとらえるための分析枠組みとして「構造 structure」概念をどう使うとよいかを論じた章を読みました。もともとはAmerican Journal of Sociology誌に発表された論文です。構造というのはあいまいであるものの使わないでいることが難しい術語です。人々が一定の行動パターンを、(とりわけそれを望んでいないときに)反復するとき、社会がそのような行動へと人々を駆り立てるように構造化されていると考えることは、私たちの認識を大きく前進させるように思われます。しかし構造という単語には曖昧さにとどまらない陥穽が潜んでいます。まずそれは社会を決定論的にとらえることを促します。とくに人間の行動は深い部分で社会を規定する構造の表面的な効果としてとらえられ、人間はまるでプログラムされたオートマトンのように扱われるようになります。もうひとつの問題は、構造という比喩で社会をとらえることは、社会の安定を前提とすることになり、通時的な社会変化を説明しにくくなる点にあります。

 構造と術語の使用を保持しながら、これらの難点から逃れるにはどうしたらよいか。ここでアンソニー・ギデンズの構造概念に着目します。ギデンズが強調するのは、構造というのは人々の行動を規定すると同時に、人々の行動こそが構造を生み出すという点です。彼はこれを構造の「二元性 duality」と呼びます。こうして人間行動の決定論的な解釈を脱しようとするわけです。

 ギデンズは構造をルールとリソースからなると説明します。ルールとしての構造とは、パターン化された人々の行動を生み出す(人々の行動をパターン化する)原理のことです。ルールというと定式化された決まりごとが連想されるので、むしろスキームと呼んだ方がよいでしょう。ギデンズの構造概念のもう一つの柱はリソースです。人的なリソース(司祭の聖別する能力)と非人的なリソース(土地など)があります。このリソースをギデンズはルールと同じく、現実の特定の事物とは独立に観念できるヴァーチャルなものだとみなしています。しかしこれは諸々の問題を引き起こすので、むしろリソースはルール(スキーム)と異なり、ある人やある人以外の事物というマテリアルな現実世界に基礎をおくものとみなした方がよいでしょう。

 ギデンズのいう構造の二元性は以上のスキームとリソースが互いに互いを生成しあう関係として理解すべきです。スキームがあるからこそ、リソースはその使用価値が定められる。この意味である事物がリソースとなるのはスキームの効果です。しかし同時にスキームが保持され続けるためには、それの効果であるところのリソースによって絶えずその妥当性が保証され続けねばなりません。この相互補完的関係を構造に認めることで、物的条件(リソース)による決定論(伝統的マルクス主義)も、観念の側からの決定論(伝統的フランス構造主義)の陥穽も避けることができます。

 実はピエール・ブルデューもまた異なった術語を用いながら、スキームとリソースの相互補完関係について論じています。しかし彼の理論は、あるフィールドにおけるこの補完関係を極めて緊密なものと想定するため、相互補完的な構造が時間的に変化するということを説明することができません。この罠から逃れるためには、スキームとリソースの相互補完関係が構造自体の変形を生み出すということを可能にする枠組みを考案する必要があります。

 このためには、社会に多元的なリソースとスキームがあり、それらが当初の補完関係とは異なる関係に立ちうることを認めねばなりません。あるスキームは本来意味を与えていたリソースとは異なるリソースにも意味を与えうるし、同じようにあるリソースが複数の異なるスキームによって解釈されえます。こうして従来とは異なるスキーム、リソース関係が樹立されることで構造的変化が生じます。このように多元的で柔軟なリソース、スキーム関係として構造を理解することで、構造という術語を用いながら通時的変化を記述できるようになるのです。