脈拍を治癒する音楽 Prins, "The Music of the Pulse"

Blood, Sweat and Tears -: The Changing Concepts of Physiology from Antiquity into Early Modern Europe (Intersections Interdisciplinary Studies in Early Modern Culture)

Blood, Sweat and Tears -: The Changing Concepts of Physiology from Antiquity into Early Modern Europe (Intersections Interdisciplinary Studies in Early Modern Culture)

  • Jacomien Prins, "The Music of the Pulse in Marsilio Ficino’s Timaeus Commentary," in Blood, Sweat and Tears: The Changing Concepts of Physiology from Antiquity into Early Modern Europe, ed. Manfred Horstmanshoff, Helen King and Claus Zittel (Leiden: Brill, 2012), 393–413.

 マルシリオ・フィチーノ音楽療法について論じた論文です。フィチーノの世界観では宇宙は音楽的調和に満ちています。世界がきざむリズムは人間の人体にも見られ、それが脈拍となります。ここが音楽と医学の結節点となります。身体の体液バランスの異常は脈拍の異常を引き起こすので、医師は脈拍から患者の症状を診断することができます。このバランスの欠如を患者に音楽を聴かせることで治癒できるとフィチーノは主張します。旧約聖書でもダヴィデはハープをひいてサウル王のを癒しているではないか(「サムエル記上」16:23)。またアル・キンディーが音楽により病気を治癒したという伝承もフィチーノの典拠となっていました。音楽による治癒がどのように起こるかをフィチーノは『ティマイオス註解』で説明しています。音楽とは空気を通じて伝わる円運動であり(ここがいまいちよく分らない)、それが身体中での精気の円運動から生じる聴覚活動と対応しているため、音楽は聞き手の身体と霊魂に良い影響をもたらすというのです。とくに非理性的霊魂の座である肝臓が感覚刺激によく反応することが音楽の効果を説明するとされます。フィチーノ音楽療法が疫病治癒に効果があったかどうかは極めて疑わしく、またそれは体液説に依拠した大学医学に組み込まれることはありませんでした。しかし彼の音楽療法は16世紀のエリートサークルで人気を集めましたし、今日ですら正統医学にたいするオルターナティブとして音楽療法は存在しています。

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