奏楽天使の中世 山本「天上と地上のインターフェイス」

西洋中世研究〈No.4〉特集 天使たちの中世

西洋中世研究〈No.4〉特集 天使たちの中世

  • 山本成生「天上と地上のインターフェイス 奏楽天使の学際的素描」『西洋中世研究』No. 4、2012年、78–97ページ。

 中世と言われて人が思い浮かべるものはいろいろあり、そのうちの一つにはまちがいなく教会音楽を発展させた時代というものがあるでしょう。中世音楽史を扱う大部の研究書が刊行されました。山本成生さんによる『聖歌隊の誕生 カンブレー大聖堂の音楽組織』知泉書館、2013年です(目次はこちら)。

聖歌隊の誕生: カンブレー大聖堂の音楽組織

聖歌隊の誕生: カンブレー大聖堂の音楽組織

 というわけで刊行記念として、山本さんが『西洋中世研究』の最新号に寄せた論考を読みました。歌を歌ったり楽器を持って演奏したりする「奏楽天使」の図像表現を論じた論文です。聖書で天使たちは神をたたえて歌う(声をあげる)という聖歌隊の役割を果たしています。教会の礼拝での音楽は天上の音楽を地上に出現させることを目指しており、この天上の音楽が天使の神をたたえる歌と同一視されました。「我々は天使の歌を歌います。なぜなら、この捧げ物により、地上のものは天上のそれに加わることができるのだと、我々は信じて疑わないからです。それ故に、我々は天使を介して天上で救済されるよう、大声で叫ぶのです」(ジャン・ベレト、81–82ページ)。こうして教会での礼拝音楽と不可分となった歌う天使は、14世紀以降視覚芸術に頻繁に登場するようになります。これらの絵からは天使が持つ楽器に込められた象徴的意味を読み取ったり、当時の楽器演奏の実情をうかがったりすることができます。しかしそれにとどまらず、楽器を持つ天使を芸術に登場させている事実、およびその登場のさせ方から、天使や(教会における)楽器を意味づける神学的理論もまた読みとることができます。おそらくそのような理論に支えられた天使観、楽器観、演奏観は中世の音楽実践のあり方を単に反映しているだけでなく、その実践を作りだす役割をも果たしていました(このあたりぜひ論文本体にあたり、そこに掲載された奏楽天使たちをみながら論述を味わってください)。教会音楽を発達せしめた中世世界を理解するためには、歌うことで天と地をつないでいた天使に着目することがさけて通れないのです。