帝国を可視化する自然誌 Bleichmar, Visible Empire

  • Daniela Bleichmar, Visible Empire: Botanical Expeditions and Visual Culture in the Hispanic Enlightenment (Chicago: University of Chicago Press, 2012), Introduction.

 話題書の序章がアマゾンキンドルで試し読み可能だったので読んでみた。1770年代後半から1800年代(1800年から1810年)にかけてスペインが各地で行った調査は、総計1万2千枚に登る植物の図像を生みだした。これらの図像は現在マドリッドにある。しかしそれらがこれまで歴史研究の対象となることはなかった。科学史家は近年にいたるまで図像を研究の素材としてこなかった。美術史家にとって自然誌研究のための植物図像は価値あるものではなく、関心をひくものではなかった。しかしこの図像群は科学史、美術史(視覚文化研究)、そしてスペイン帝国史を交差させて調べるに値する素材である。そもそもなぜこんなものがつくられたのだろう?またより歴史学における方法論的な問題として、これほどの量の図像を読み解き、さらにそれを他の資料類型と結びつけるにはどうすればよいだろうか?

 これらの問いに応えるための分析枠組みは主に二つある。一つは当時の自然誌研究における研究慣習である。この時代にいたるまでに欧州の自然誌研究者たちは、図像を主な研究の道具として活用することを自明視するようになり、さらに道具としての図像の作成の仕方をかなりの程度標準化していた。一定の作法に基づいて制作された動物や植物の図像が各地から集められ、これまであきらかとなってきたことと付き合わされることで、自然誌の知識は生みだされていた。その意味で図像を大量に生みだすことは当時スペインに限らず欧州全体の自然誌学で共有されていた作法であった。こうして当時の「集合的経験主義 collective empiricism」(ダストン、ギャリソン)は成立していた。

 一方、本書が扱う図像群はスペイン帝国による調査の産物であり、その意味でそれらはスペインに特有の文脈にのっている。この時期のスペインはかつて(16世紀)の帝国の栄光を取りもどそうと、領土の各地で帝国の発展につながるかもしれない資源をさがし求めていた。このプロジェクトのうちで各地の情報を図像化し、中央に集めることは活動の中核をなしていた。マドリッドに残された植物図像は帝国の各地を可視化しようとするスペインの一大プロジェクトの一部をなしていたと言える。

 帝国に埋めこまれた自然誌の活動のうちで、自然誌家、図像を描く画家、そして利益を得ようとする国家、そして商人たちはいかに動いたのか。これを残された図像が浮きあがらせることが本書の調査対象となる。