異端審問がつくりだす魔術 Tarrant, "Della Porta and the Roman Inquisition"

 16世紀半ばより、プロテスタンティズムの広がりをおさえるためにカトリック教会は支配地域の思想・信仰統制を強めるようになる。その過程で異端審問官の権利は拡張され、新たな統制の道具として禁書目録が作成されることになった。さまざまな活動を正統信仰の枠組み内に、あるいはその外にふりわけていくなかで、教会内部で異端審問や目録作成に関わった人々(しばしばこのような人々のうちから教皇が選出された)は、従来はその正統がうたがわれていたが明確には否定されることがなかったような活動を、異端的行為として断罪していった。新プラトン主義な魔術や未来を予知する技術は、従来提唱者たちによって(悪魔の手はけっして借りていない)自然的なものと主張されていたにもかかわらず、正統信仰に反する行為とされた。こうして従来の魔術のなかで正統と認められたのは、自然で起きている過程を技術によって操作・再現する領域だけとなる。この正統性の境界の再設定が行われていた時期に出版されたデッラ・ポルタ『自然魔術』は、異端的書物ではないかという嫌疑を招くこととなった。とはいえここから魔術と科学が(現代的な意味で)分離されたと考えてはいけない。正統な学知・技芸のうちには大部分の占星術錬金術が残されていたからだ。これらすらも正統性を剥奪され、「ルネサンスのオカルティズムが断片化」(ジョン・ヘンリー)するには、さらにすこしのときを待たねばならない。

 対抗宗教改革のうちで、思想統制が強まり、魔術が正統な学知からはっきり区分されていくという筋立てに目新しいところはない。本論考で見るべきところがあるとすれば、カトリック教会内部でこの動きを推進した具体的な集団(異端審問に直接的にか間接的にか携わっていた人々と重なるように思う)の思惑と動きを描きだしてみせたところだろう。