科学史における空間的転回 Finnegan, "The Spacial Turn"

 科学が生みだす真理は場所に拘束されない普遍性を持つという認識から、そのような知識すらもそれが生みだされる場所によって何らかのかたちで規定されているという認識への転換がおこって久しい。この「Spatial Turn」が生命科学の歴史の領域でいかになされてきたかを概観した論考を読む。もっともきれいに空間性と科学研究との相関がしめされてきたのが、博物館や植物園をめぐる研究である。それらの施設をいかに設計するかは、自然誌家たちの激しい論争となり、じっさいそうやって生みだされた設計がその後の自然誌研究を方向づけることになった。Kohlerらの研究の生命科学の二つの主要な場所であるフィールドワークと実験室がそれぞれ対照的な役割を担いながら、それら二つの場所が接触する地点があるとし、場所による知識生産様式の特色とその混交のありようを論じた。

 博物館屋や植物園はたんにそこで研究が行われるだけでなく、一定の空間を占める建造物として都市に置かれる。その点でどこにこれらがたてられるかということは、自然誌研究とより広い市民社会との関係を探るうえで重要な問いとなる。このように知識生産の中核的な場所を超えた広い文化的脈略のうちで科学をとらえることも行われている。とりわけ科学知識をめぐるある主張の受容が社会階層や地域によって異なる場合、その違いを階層や地域によって変化する文化的文脈を呼び出して説明することが行われた。

 さらにグローバルな規模での空間性を考えるならば、たとえば帝国主義の時代に各地で収集活動をおこなった自然誌家たちが注目に値する。彼らは帝国が生みだす交易路を最大限活用したし、彼らが世界規模での動植物の分布を説明する語彙もまた帝国主義的な文脈で生みだされたものであった。同時に帝国の自然誌家たちは中心で確立された科学知識の基準でもってローカルな場所での発見を整理するだけではすまなかった。彼らは調査先での発見を元に、自らが中央から持ちだした知識体系を修正する必要に迫られた。グローバルな規模での自然誌の活動は、ローカルな規模での交渉をつねに伴っていた。

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