再び学力低下について:低下を結論づける2つの調査

 先日、本田由紀「教育再生会議を批判する」をめぐって:学力は低下しているのか?という記事を掲載したところ、多くの方が当ブログを訪問してくれました。

 とはいえ、たくさんの人に見てもらえたのはよかったのですが、実際の内容は本田由紀氏の議論を一方的に紹介するものであり、内容に公平性に欠けるところがありました。

 というのも、本田氏が学力低下は起こっていないという立場に立つのに対して、学力は低下していると主張している人もまた存在するからです。そのような人の中には、「ゆとり教育が原因で学力低下が起こった」と速断している人ももちろんいます。でも、一定規模の調査を行った結果として、学力は低下していると結論づけている人たちもまたいるのです。というか、調べたらいました。

 そこで今日の記事では、学力低下を結論づけている2つの調査内容を紹介することで、本田氏の議論を紹介した先日の記事に対して、一応のバランスを取ろうと思います。その調査とは以下の2つのものです。いずれの調査も、過去に行われたものと同内容の調査を行うことによって、過去の学力と現在の学力を比較することを試みています。

  • 苅谷剛彦氏らの研究グループが2001年に行った調査
    • 苅谷剛彦〔他〕、「東大・苅谷剛彦教授グループの調査(上):『学力低下』の実態に迫る」、『論座』、85、2002年、42-58頁、
    • 苅谷剛彦〔他〕、「東大・苅谷剛彦教授グループの学力調査(下):教育の階層差をいかに克服するか」、『論座』、86、2002年、24-43頁に掲載。
  • 耳塚寛明氏らの研究グループが2002年に行った調査
    • 耳塚寛明〔他〕、「関東地方小学生六千二百人学力調査 先鋭化する学力の二極分化:学力の階層差をいかに小さくするか」、『論座』、90、2002年、212-227頁に掲載。

 ただし、ここで紹介するのは、あくまでもこれらの調査結果の一部でしかありません。調査結果の詳細を知りたい方は、直接『論座』の記事に当たられることを強くすすめます

 なお、あらかじめ強調しておきますが、学力が低下したということが仮に事実として認められたとしても、その原因がすべて指導要領の改訂にあるという結論がそこから自動的に導かれることはありません。それと同じように、指導要領の改訂と学力低下は無関係であるという結論も出てきません。要するに、指導要領の改訂と学力低下の関係については、(少なくとも理論上は)別途議論を行う必要があるということです。

 〔補足:面倒なら読み飛ばしてください〕
 私は学力という言葉に、ペーパーテストの点数によって判定される習熟の度合いという意味を担わせています。
 もちろん、教育の場で習得されるべき学力として何を想定するのかという点については、さまざまな立場がありえます。この点について議論を行うことも必要でしょう。学力という言葉で私が指している範囲が狭すぎるという批判もあるかと思います。
 しかし、議論の土台を設定するためにも、さしあたっては学力をペーパーテストによって測定されるものとして考え、その学力が通時的にどのように変化してきたかを検証することには意味があると私は考えます。いや、検証したのは私じゃないけど…。

苅谷剛彦氏らによる調査

 まずは苅谷氏らのグループが行った調査結果を紹介したいと思います。なお、同じ調査チームが、『調査報告「学力低下」の実態 』という本を出版しているので、これに当たるのもよいと思います(私は未読)。

調査報告「学力低下」の実態 (岩波ブックレット)

調査報告「学力低下」の実態 (岩波ブックレット)

比較された年

 1989年と2001

 1989年の調査は大阪大学の研究グループ(代表:池田寛教授)が行ったもの。2001年の調査は苅谷氏らのグループが行ったもの。

調査対象

 関西の都市部で実施。

  • 1989年の調査:小学5年生2,100人あまり。中学2年生2,700人あまり。
  • 2001年の調査:小学5年生921人。中学2年生1,281人。

 1989年の調査対象校と同じ学校に協力を依頼。結果として7割の学校で調査が実現。
 補足〔面倒なら読み飛ばしてください〕:私立中学への進学率が、89年約3%から、01年約7%へと上昇。ただし、仮に私立中学へ進学した生徒がすべて95点を取得するものと仮定しても、この生徒たちが抜けることによって生じる01年の平均点低下は約1点にとどまる。したがって、私立中学への進学率の上昇が、調査結果を左右することはない。

調査内容

 国語と算数。具体的には以下の4つ。

  • 小学校国語
  • 小学校算数
  • 中学校国語
  • 中学校算数

 テストに使用した問題は89年と01年とで同じ。採点基準も同じ。問題の中に、1989年の指導要領では学習範囲であったが、以後指導要領から削除された問題は含まれない

調査結果

1. 正答率の比較 ()内は%

科目名 アップ ダウン 横ばい 設問総数
小学校国語 1 (3.2) 19 (61.3) 11 (35.5) 31 (100.0)
小学校算数 0 (0.0) 45 (86.5) 7 (13.5) 52 (100.0)
中学校国語 7 (16.3) 26 (60.5) 10 (23.3) 43 (100.0)
中学校算数 1 (3.0) 25 (75.8) 7 (21.2) 33 (100.0)

アップ、ダウンは、前回から正答率が3%以上上がった、あるいは下がったことを示す。横ばいは正答率の変化が3%未満であったことを示す。

 〔コメント〕すべての教科で6割以上の設問について正答率がダウンしている。特に小学校算数のダウンが激しい。

2. 平均点の比較

科目名 89年 01年 変化
小学校国語 78.9 70.9 -8.0
小学校算数 80.6 68.3 -12.3
中学校国語 71.4 67.0 -4.4
中学校算数 69.6 63.9 -5.7

調査結果を分かりやすくするため、平均点表示を行った。例えば小学校国語で31問中20問正解の場合、20/31*100=64.5と点数を出した。

 〔コメント〕低下傾向が明瞭。小学校算数、小学校国語、中学校算数、中学校国語の順に、点数が低下している。

3. 「通塾」「非通塾」別の平均点の比較
89年

科目名 通塾 非通塾
小学校国語 80.9 78.0 -2.9
小学校算数 84.6 78.9 -5.7
中学校国語 74.5 68.3 -6.2
中学校算数 75.8 62.5 -13.3

01年

科目名 通塾 非通塾
小学校国語 75.9 69.6 -4.5
小学校算数 73.0 67.5 -5.5
中学校国語 71.9 63.2 -8.7
中学校算数 74.5 54.5 -20.0

89年と01年の差

科目名 通塾 非通塾
小学校国語 -5.0 -8.4
小学校算数 -11.6 -11.4
中学校国語 -2.6 -5.1
中学校算数 -1.3 -8.0

単位は点。89年での小学生の通塾率は29.2%、中学生の通塾率は54.4%。01年での小学生の通塾率は29.4%、中学生の通塾率は50.7%。つまり大きな通塾率の変化はない。

 〔コメント〕小学校算数は、通塾グループと非通塾グループとで点数の低下幅はほぼ同じ。それ以外の教科では、非通塾グループの方が、通塾グループよりも大きく点数を下げている。特に中学校算数での下げ幅が大きい。中学校算数は89年の調査でも、通塾と非通塾との差が最も大きい科目であったが、01年ではこの傾向がさらに拡大している。
 小学校国語、及び小学校算数では89年の非通塾グループの方が、01年の通塾グループよりも点数が高い。

4. 生活時間の変化

小89 小01 変化 中89 中01 変化
家で勉強する 53.6 40.7 -12.9 43.7 29.1 -14.6
テレビをみる 140.6 136.2 -4.4 126.2 158.7 +32.5
TVゲームをする 34.5 56.9 +22.4 23.8 51.9 +28.1
読書をする 29.4 25.2 -4.2 29.9 26.4 -3.5

(単位:分)

 〔コメント〕勉強時間が減っている。

5. 家でどのような勉強をするか(「しない」の割合)

小89 小01 変化 中89 中01 変化
学校の宿題 1.5 2.1 +0.6 11.4 33.0 +21.6
学校の勉強の復習 43.3 58.0 +14.7 43.6 60.2 +16.6
学校の勉強の予習 59.2 64.5 +5.3 63.4 74.1 +10.7
塾の予習復習 71.2 76.6 +5.4 48.5 59.6 +11.1

(単位:%)

「家でどのような勉強をしますか」の質問に対して、「宿題」「復習」「予習」「塾の予習復習」の4項目を設定し、「しない」と答えた者の割合をまとめた。

 〔コメント〕すべての項目で「しない」と答えた者の割合が増えている。

6. 新学力的な授業への取り組み
小学校

上位 中の上位 中の下位 下位
調べ学習の時は積極的に活動する 58.1 56.3 50.8 36.2
グループ学習の時はまとめ役になることが多い 45.2 32.7 35.7 21.5

中学校

上位 中の上位 中の下位 下位
調べ学習の時は積極的に活動する 51.5 39.1 31.5 27.9
グループ学習の時はまとめ役になることが多い 37.7 25.3 22.0 19.1

2001年の学力テストの結果をもとに、子どもたちを得点順に並べ、各グループに含まれる人数がほぼ等しくなるように4つのグループに分けた。上から、上位、中の上位、中の下位、下位。

 〔コメント〕学力テストの結果と、新学力的な授業へ取り組む際の姿勢のあいだには明確な関係が存在する。学力テストの点数が高いグループの方が、低いグループよりも、新学力的な授業へ積極的に参加している。つまり、基礎的な学力が身についていない子どもたちは、発展的な学習への関与が相対的に弱い

総評

 苅谷氏らのグループの調査には、ここで紹介した調査結果のほかに、

  • 教科別に詳しく内容を吟味したもの
  • 子どもの家庭を一定の基準でグループ分けすることで、子どもの家庭が属する文化的階層グループと子どもの学力とのあいだに相関関係があることを示したもの
  • 少数ながら、階層的ハンディキャップを取り戻す力を子どもに与えている学校が存在すること

といった内容も含まれてますが、ここでは省きます。

 学力低下に関する研究グループの結論は以下のようなものです。

 以上見てきたように、今回の調査によれば、小学生、中学生の基礎学力は低下しているといわざるを得ない。しかも学力格差が拡大していること、塾によって補充を得られない子どもたちの間で学力の低下が一段と進んでいることは、見過ごすことのできない事実である。
(中略)
 かつての平均点が70〜80点に及ぶ基本的な「やさしい」内容の問題を出題したことから考えれば、こうしたペーパーテストで測られる学力が多少低下しても、「生きる力」「自ら学び、自ら考える力」が育てばよいという見方は、かけ声だけの皮相な議論に聞こえるだろう。
(中略)
 基本的な内容が十分身についていない子どもが増えている実態をふまえると、子どもの主体性にまかせるばかりの教育は、発展的な内容を含む体験学習や調べ学習の場において、さらなる格差を拡大しかねない(後略)。(上、56-57頁)

耳塚寛明氏らによる調査

 耳塚氏らの研究グループによる調査は、たしかに学力低下について検証しています。しかし、議論の力点はむしろ社会階層(乱暴な言い方をすれば親の学歴)と子どもの学力との相関関係をめぐる調査に置かれています。耳塚氏らは、子どもの学力が出身階層に一定程度規定されていることを議論せずに、学力低下ばかり論じるのは、偏った議論であると批判しているのです。
 そのため、以下で学力低下という論点に絞って耳塚氏らによる調査結果を紹介するのは、研究グループの意に反する紹介の仕方であると思われることをここで強調しておきます。

比較された年

 1982年と2002年。

調査対象
  • 1982年
    • 関東地方の17都市の公立小学校児童5,307人。

小学生の国語・算数の学力

小学生の国語・算数の学力

 この著作に詳細なレポートが収録されているとのこと(私は読んでいません)

  • 2002年
    • 関東地方の12都市の公立小学校17校児童6,228人。
調査内容

 児童は1年から6年までの問題が順に並んだ調査票を与えられ、すべての問題をやり終えるか、やれる問題を全部やり終えるまで時間が与えられる。

 このような調査を行うことで、例えば4年生だが3年生の内容が解けない児童の数や、4年生だが5年生の問題を解ける児童の数を測定することができる(とはいえ、ここではこの点をめぐる調査結果についてはここでは紹介していません)。

 なお、以下で取り上げられるのは、すべて算数についての調査の結果である。

調査結果

1. 当該学年までの合計正答率(%)

2002年 1982年 差(2002-1982)
1年 81.0 85.6 -4.6
2年 73.3 81.7 -8.4
3年 73.5 84.9 -11.4
4年 77.9 84.4 -6.5
5年 76.8 84.5 -7.7
6年 79.9 85.5 -5.6
全体 79.9 84.4 -7.2

当該学年までの合計正答率というのは、1年なら1年まで、2年なら1〜2年までの学習内容についての問題にどれだけ答えられたかということ。

 〔コメント〕全体として低下している。

設問ごとの得点変化の分布

履修学年 設問数 低下3点以上 横ばい±3点未満 上昇3点以上
1〜2年 38 15 23 0
3〜4年 48 23 23 2
5〜6年 43 24 18 1
全体(%) 129 (100.0) 62 (48.1) 64(49.6) 3 (2.3)

6年生についてのデータ。低下3点以上の設問というのは、02年の正答率が82年の正答率より3%以上低下した設問のこと。横ばいと上昇についても同じ。

 〔コメント〕正答率が有意に(つまり3%以上)低下した設問が48%にのぼっている。

総評

レポートの冒頭で確認したのは、82年から2002年にかけての小学生の算数の学力の低下傾向である。この低下のある部分は、教科書の簡素化に代表される、教育内容の取り扱いに関わる行政施策が引き起こした可能性がある。(226頁)

 耳塚氏らによる調査でもやはり、子どもの学力は低下していると結論づけられています。

終わりに

 以上、非常に長くなりましたが、学力低下を結論づけた調査結果を2つ紹介してきました。

 これらの調査によって確認されたことは、関西地区では国語と算数について、関東地区では算数について、過去に用いられたのと同じ問題を用いて現在の子どもたちにテストを行った結果、両地域で正答率が有意に低下した問題が多数見られたということです。逆に、正答率が有意に上昇した問題はほとんど見られませんでした。

 これらの調査は、少なくとも調査対象となった地域では、この10〜20年のあいだに子どもたちの学力が低下したことを強く示唆するものだと私は思います。治安悪化とは異なり、学力低下は統計的に一定の根拠がある主張なのです。