「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守るために 最終報告書」を読んで

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061225-00000049-jij-soci

 このような報告書が出てきました。

http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen29/finalreport.pdf

 とりあえず、興味関心のあるゲームとコミックに関する箇所(15ページ以下)を読んでみました。

 以下では気になった点についていくつかコメントを。勢いで書いたので一方的な表現になってしまっているところもあるかと思います。不快に思われる方がいたらごめんなさいです(-_-;)。

 なお、但し書きのないページ数はすべて最終報告書のページ数を指します。

 最初に一言。

 研究会の人には、先行研究に依拠して議論を進めるなら、文献情報を示してください、ということを何よりも言いたいです。これは公的な文書を作成する際に守るべき最低限のルールだと思います。

ゲーム

暴力シーンで暴力的な子ども

 ゲームが子供にもたらす弊害の筆頭として、「暴力的なシーン等によって、子供の反社会的な行動や人格の形成が助長されること」が挙げられています。

 ではどうしてこのことが、いま重要なのか。これまでも暴力的なゲームはあったんじゃない?このような疑問には、次のような説がこたえてくれます。

従前のゲームは、画質が粗く、現実感が低かったため、遊戯する者に対する影響はそれほど高くはないとみられていた。しかし、コンピュータ・グラフィックスの高度化等に伴い現実感が高まるとともに、ゲームの特性により、子どもがゲームから影響を受け、暴力行為等を行う危険性が高まることが懸念されている。(15ページ)

 暴力描写があるゲームは、高画質になればなるほど、子供の暴力行為を誘発する危険性が高くなるそうです。知りませんでした。となると、PS3とかやばいですね。任天堂が映像重視路線から撤退したのは、この報告書を見込んでのことでしょうか。それより転売屋が不愉快なんですけど、というのは今は関係ありませんでした。

 まあこんな感じのことが「懸念されている」そうです。でも、いつどこで誰が懸念しているのかは分かりません。学術論文ではこういう箇所には、必ず注をつけなければなりません。チラシじゃないんだから。この報告書を作った人たちは、私たち読者をなめているのでしょうか。

 上の引用のすぐあとに、「メディア暴力の影響に関しては、様々な研究も進んでおり」という記述があります。と、ここに注の14番が。をを、ちゃんと注が付いているではないですか。というわけで、注を見ると次のように書かれています。

理論面では現在、①社会的学習理論(暴力を模倣すること)、②認知的新連合理論(暴力的な考え方などが生じやすくなること)、③覚醒転移理論(暴力映像を見て興奮し、そのエネルギーで攻撃行動が促進されること)、④脱感作(暴力映像に慣れてしまい、暴力的だ
と感じにくくなること)、⑤カタルシス理論(怒りやフラストレーションを発散し、攻撃行動が抑制されること)に分類されている。うち①、②、④は青少年に対する調査研究等の成果によって支持されている。(16ページ)

 「支持されている」とありますが、いつどこで誰が支持しているのかは分かりません。学術論文の注というのは、そのような具体的な文献情報を提供するためにあります。何のために注が付いているのか分かりません。これではこの論文の主張の是非を検証することができません。私たち読者をなめているのでしょうか。

なお、暴力的なシーンについては、この他に子どもがトラウマ(心的外傷)を受けることや、暴力に慣れ、いじめの被害児童等への援助行動を低下させることが懸念されることなどについても注意を要する。(16ページ)

 また「懸念され」ています。一体いつどこで誰が懸念しているのでしょうか。ひょっとしても(そしてみんなが気づいていることなんだけど)、懸念大好きなのはこの報告書を作成した委員たちでしょうか。そうだとすれば、「私たちはこのような点を懸念している」と書かなければなりません。発言の主体をあいまいにするような受身表現は使わないというのが、学術論文の基本的な作法のはずです。私たち読者をなめているのでしょうか。

 続いて、暴力的なゲームの影響が指摘された事例が紹介されています。家庭裁判所決定からの引用です。しかしこれもいつどこで出された決定なのかが分かりません。

子どもの健全な成長を阻害する

 ゲームの弊害その2。ここは比較的まともかもしれません。たとえば、18ページにあるのめり込みの防止措置の話とか検討の余地があると思います。とはいってもお決まりの記述もあります。

他者との対面でのコミュニケーションの機会が著しく損なわれた場合、社会性が低下すること (17ページ)

 キタコレ。名づけて「対面コミュニケーション至上主義脳」。なんてセンスのない名前をつけている場合ではない(アホでした)。ネット、ゲーム、アニメ、漫画が好きな人を攻撃するさいの決まり文句ですね。

 そして、これらの重厚な議論のあとにこうきます。

ゲームが子どもにもたらす弊害については、未だ研究途上であるものの、過剰な遊戯により子どもが第3の2に示した悪影響を受ける危険性については意見が一致している。そのため、保護者や学校は、これらの危険性についての子どもの理解を促進するべきである。
なお、ゲームの弊害に関する調査研究は重要であり、今後も更に進められていくべきである。(19ページ)

 意見が一致しているらしいです。文献情報も示していないのに。「子どもの理解を促進すべき」って、根拠も示されていない危険性を子どもに教え込むわけですか。それって洗脳です。

コミックについて

 コミックについてもその有害性が語られています。子どもを性行為などの対象とするコミック等の例として次のようなものが挙げられています。

ランドセルを背負った女児が通学電車の中で周囲の成人男性から痴漢の被害を受けたり、学校内で複数の生徒に性行為を強いられ、同女が次第にこれらの行為を楽しむようになっていくようなストーリーのコミック(21ページ)

 委員の人たちにとっては、こういう本が広まっている現在というのは、なんとも恐ろしい世界に変貌しているようです。


リアリティの世界で「子どもを性の対象としてはならない」という誰もが認める規範を揺るがしかねない現状
に、大人社会は子どもを守るという観点で、もっと敏感に対応していくべきものと考える。(21ページ)

 委員の人たちの脳内では『北斗の拳』的な世界が展開されているのではないかと。どうでもいいけど、「アベシ!」って打とうとしたら、「安倍氏!」って出たよorz。

 しかし、こういう主張は思い込みではないのです。なにしろ家庭裁判所決定によって、しっかりと根拠が与えられているんですから。

コミック誌の内容を参考にして、小学校低学年の女子ならナイフ等の刃物で脅せば自分の意のままに陰部を見たりして性的欲求を満足させられると考えるに至り…」、(22ページ)

 大人がナイフをもって脅せば、小学校低学年の女児は抵抗できず、性的に虐待を加えることができると考えるに至るのは、「コミック誌の内容を参考にして」だそうです。

 いや、別にコミック誌の内容なんて参考にしなくたって、小学校低学年の女児が抵抗できないことなんて誰だって思いつきますよ。はい、私だって思いつきます。あ、これはコミックを読んだからなのか。

ロリコン漫画規制

 そんなことより、現在の法制度にだって不満があるんだよ。

いわゆる児童ポルノ禁止法では、児童ポルノの提供、提供目的の製造、所持等が処罰の対象とされているが、実在しない子どもに対する性行為等を描いたコミック等については、児童ポルノ禁止法の対象外であること (23ページ)

同人誌(ゲーム)けしからん

 同人誌(ゲーム)だってもちろん警戒対象ですよ。

流通しているこれらのコミック等の全体像については、数人単位で構成されるグループなど様々な主体によって制作・販売されているため、把握は困難である。(21ページ)

なお、子どもを性行為等の対象とする内容を含むパソコンゲームの中には数人単位のグループで制作され、専門店や即売会において販売されているものもある。これらの全体像の把握は困難であるものの、相当数が制作・販売されている。 (24ページ)

なお、数人単位のグループで制作されるコミック(いわゆる「同人誌」)は、専門店や即売会において販売されている。このようなコミックの中には子どもを性行為等の対象とする内容を含むものがあり、全体像の把握は困難であるものの相当数が制作・販売されている。

このように、業界団体の自主規制については、一定の効果が表れていると考えられるが、自主審査を経ずに制作・販売されているコミック等も多数存在するなど、限界が示されており、十分とはいえない状況にある。(24ページ)

全体として

 この報告書は「有害な情報に子どもをさらしてはいけない」という前提の下に書かれています。たとえば、最終的な提案には次のようにあります。

  • 子どもを性行為等の対象としたコミック等が公然と販売されている状況について社会全体が危機感をもって認識を共有すべきである。
  • 子どもを性行為等の対象とするコミック等について、業界団体等は、自主審査等の取組を更に進めるべきである。
  • 子どもを性行為等の対象とするコミック等を子どもに売らないための対策を強化すべきである。

 このような考えもある程度は正しいと思います。この方向での規制を検討することがまったく不要だとは言いません。

 しかし有害な情報に子どもが接したときに、それを現実の世界で行うことは法で禁じられていて、許されないということを教えることも大切ではないでしょうか。「幼児虐待漫画でオナニーするだけでとどめておけよ、そうしないときつい処罰が下るよ」と言われた方が、聞き手としては納得しやすいのではないでしょうか。

 その点では次の提案に私は賛同します。

子どもを性行為等の対象とする内容を含むコミック等の制作を全面的に規制することは困難であるとしても、描写されている行為が刑法等に触れる行為であることを閲覧者に絶えず想起させるような措置を緊急に検討すべきである。

 この報告書は「子どもをまもるために」という研究会が作っていることからも分かるように、子どもを有害情報から隔離することにばかり目が向いてしまっていると思います。しかし、社会には有害情報が大量に含まれていること、現実には許容されない性的な嗜好を、仮想の世界で解消させることで生きている人たちが一定数いる*1ことを教えることも必要ではないでしょうか。

 バーチャル社会*2から子どもを守るという名目のもと、有害情報から子どもを隔離することによって、かえって子どもを現実とは遊離した世界へと閉じ込めていないか…。そんな風に心配もしてしまいます。いや、これはそれこそ妄想ですかね(-_-;)

 とにもかくにも、これからの制度設計に大きな影響を与えるかもしれない報告書なので、関心のある方はぜひご一読ください。長文失礼しました。

〔継続記事:バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会 報告書をめぐる報道について

*1:どの程度いるかは私には分かりません。

*2:ところでバーチャル社会って何?