軽すぎる大臣答弁:柳沢伯夫厚生労働大臣の「パート労働者のうち待遇改善されるのは4-5%」という答弁について

 昨日(2月21日)の衆議院厚生労働委員会で、山井和則議員(民主党)の質問に厚生労働省側が答弁できなくなりました。すったもんだの末に議事進行をつかさどる時計が止まり、それにともなって速記も止まります。最終的には次回まで答弁を延期させてください厚労省の側から山井議員にお願いして審議が終了するという奇妙な光景が繰り広げられることになりました。

 紛糾の原因となった山井議員の質問は、パート労働法改正に関して柳沢大臣が行った答弁について問いただしたものでした。結論から言うと、まず柳沢大臣がパート労働法改正に関係する数字を予算委員会で答弁した。しかし、その数字が実態とかけ離れている可能性がある。こういうことのようです。

 上で記したような審議展開について興味があって、なおかつ暇だなぁ、という方はぜひ下記のリンク先から見ることができる中継映像をご覧になってください。山井議員の当該質問は4分53秒ごろからはじまります。ちなみに国会審議で速記が止まると、それにともなって中継の音も消されます。だから中継映像では23分00秒あたりから24分07秒、そして25分12秒から38秒まで無音状態になっています。

 山井議員の質問は探偵が犯人を追いつめていくような風情があって、見ていてわくわくします。いや、語彙力なさすぎでこんな表現になっていますけど、とにかく一見の価値はあると思います。

山井議員による質問を通して明らかになるのは、国会での大臣答弁が軽率になされ、しかもそれが何の検証を受けることもなく報道によって広められているということです。

 具体的な内容については、中継を見ていただければお分かりになるかとも思います。でも、一応私の方でも、自分の頭を整理するためにも、問題の背景と具体的な質問内容、そしてそこから考えられることについて、以下に少し記しておきたいと思います。

質問の背景

 山井議員が行った質問の背景を理解するためには、まず以下の毎日新聞の社説を見るのがよいと思います。

 パートタイム労働者の処遇改善を図るための「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パート労働法)の改正案が、通常国会に提出された。パートについて、賃金面などで正社員と釣り合いのとれた待遇を確保し、正社員への転換も推進するよう努めることなどを、企業の責務として掲げている。
(中略)
 問題は、その対象者がほんの一握りに過ぎないことだ。〔1〕仕事の内容や責任の程度、〔2〕将来の配置転換や転勤見込みが同じ職場の正社員と同一で、しかも〔3〕雇用期間が無期か、有期でも反復更新によって無期と同じとみられる人という極めて高いハードルを設けたためだ。つまり正社員並みのパートに限られる。柳沢伯夫厚生労働相によると、パート全体の4〜5%という。(〔〕内の番号は引用者による補い。)

 この社説から分かることをまとめると次のようになります。

  • パートタイム労働者の処遇改善のための法律改正案が国会に出された。
  • しかし、処遇改善の対象となる人の数が少ない。
  • なぜかというと以下の3つの条件を満たしたパートタイム労働者だけが対象だから。
      1. 仕事の内容や責任が正社員と同じ
      2. 将来の配置転換や勤続見込みが正社員と同じ
      3. 雇用期間が無期、あるいは実質的に無期
  • このようなパートタイム労働者の割合は、柳沢大臣によると、パート全体の4-5%。

 柳沢大臣が、パート全体の4-5%という数字をはっきり挙げていることが重要です。この数字は毎日新聞だけでなく、各種報道によって伝えられています。「報道2001」というテレビ番組でも報じられたと山井議員は言っています。

 では、この4-5%という数字の根拠はなんなのか柳沢大臣によれば、その根拠は21世紀職業財団が平成13年に行った「パートタイム労働者実態調査」というものです。この調査の概要は下記のページで見ることができます。

 しかし、ここに大きな問題があるようです。そして、その問題は山井議員による質問を追っていくと明らかとなります。

山井和則議員の第1の質問:雇用契約期間について平成13年調査は調べているのか?

 まず山井議員は、4-5%という数字は過大ではないのかと問題提起をします。つまり、(毎日新聞の社説に書かれているような)3つの条件すべてを満たすパートタイム労働者は本当に4-5%も存在するのか?、ということです。実際、イオンの人事担当課長によれば、イオンには該当するパートタイム労働者はいないそうです(日経新聞1月30日)。では、果たしてこの4-5%という数字の根拠はなんなのか、と山井議員は話を進めます。

 そこで、まず山井議員は、4-5%という数字の根拠となっているパートタイム労働者実態調査(上述)では、雇用契約期間についての調査はなされているのかと質問します。

 この質問の意味を理解するために、ここでもう一度、今回の法改正で処遇改善の対象となるパートタイム労働者の条件を見ることにします。

  1. 仕事の内容や責任が正社員と同じ
  2. 将来の配置転換や勤続見込みが正社員と同じ
  3. 雇用期間が無期、あるいは実質的に無期

 ここから分かるように、処遇改善の対象となるために満たすべき条件として、雇用契約が無期か実質的に無期であるということが含まれています。

 柳沢大臣は、今回の法改正で処遇改善の対象となるのは、パート労働者全体の4-5%であると答弁しました。そして、その根拠は平成13年に行われた実態調査であるといいます。つまり、大臣は平成13年の調査結果から、今回の法改正で処遇改善対象となる人の割合を推定したことになります。とすると必然的に、平成13年の調査の結果において、上記の3条件を満たしていたパートタイム労働者の割合を明らかにすることができなければなりません

 したがって、重要なことは、大臣答弁の根拠となった平成13年調査において、上記3条件の有無が調査項目に含まれているかということになります。もし含まれていないのならば、平成13年の調査から、今回の法改正で処遇改善の対象となる人の割合を推定することは困難になります。

 以上のようなことを念頭に山井議員は、この3つの条件のうちの1つである雇用契約期間について、平成13年の調査は調べているのか、と質問したわけです。もちろん、このような質問をするということは、雇用契約期間については調査されていないことを山井議員は知っているわけです。

 この質問に対して柳沢大臣は2回ほどごまかして切り抜けようとするのですが、けっきょくごまかせるはずもなく、3回目の答弁で雇用契約期間については調査がなされていないということを認めることになります。

契約期間の有無そのものは調査をしていないということのようです。(11分55秒あたりの柳沢大臣答弁)

山井和則議員の第2の質問:すると4-5%のなかには、契約期間の定めがある人が含まれるのではないか?

 続けて山井議員は、もし13年の調査で雇用契約期間が調べられていないならば、平成13年の調査で4-5%と推計された人の中には、契約期間の定めがある人(つまり有期雇用の人)が含まれているのではないか、と質問します。

 平成13年の調査で4-5%と推計されているのは*1、いわゆる「正社員的パート」であり、その定義は、

職務が正社員とほとんど同じで、かつ、正社員と人材活用の仕組みや運用が実質的に異ならないパート。

とされています。

 くどいようですが、ここで今回の法改正において処遇改善の対象となる労働者が満たすべきとされている3つの条件をまた挙げます。

  1. 仕事の内容や責任が正社員と同じ
  2. 将来の配置転換や勤続見込みが正社員と同じ
  3. 雇用期間が無期、あるいは実質的に無期

 13年調査での「職務が正社員とほとんど同じ」が今回の法改正での「仕事の内容や責任が正社員と同じ」に対応し、13年の「正社員と人材活用の仕組みや運用が実質的に異ならない」が、今回の「将来の配置転換や勤続見込みが正社員と同じ」に対応するとします。すると次のような対応表をつくることができます。

平成13年調査 今国会で示された条件
職務が正社員とほとんど同じ 仕事の内容や責任が正社員と同じ
正社員と人材活用の仕組みや運用が実質的に異ならない 将来の配置転換や勤続見込みが正社員と同じ
(なし) 雇用期間が無期、あるいは実質的に無期

 つまり、今国会で示された条件を満たす労働者の集合は、平成13年調査で正社員的パートとされた労働者の部分集合であるということになります。だから当然、平成13年の調査では正社員的パートとされた人の中に、今国会で示された3つの条件を満たさない人が含まれていることになります。このような労働者とはすなわち、職務は正社員と同じで、正社員と人材活用の仕組みや運用が実質的に異ならないけれど、雇用期間は有期である人のことです。

 要するに山井議員による「4-5%のなかには、契約期間の定めがある人が含まれるのではないか?」という質問は、前回調査では正社員的パートとされたが、今回の法改正では処遇改善の対象とならないようなパート労働者がいるのではないか、ということを訊いていることになります。もしこれが事実なら4-5%という数字は実態より大きいということになります。

 このような質問に対する大臣と山井議員のやりとりを以下で見てみましょう。なお、以下のものは正確な文言の再現というわけではない(ある程度省いたり補ったりしている)ので注意してください。

柳沢大臣
 4-5%のなかに有期の労働者が入っていないとは断言できないし、入っているかと思います
 ただ配転転勤等の取り扱いが正社員と同じと回答したことものであることから、いわゆる「短期の契約者等差別的取り扱い禁止の対象」〔=改正案での待遇改善の対象者〕とならない者は、この4-5%の中から除外されているのではないかと思います。

山井議員
 今のは非常に重大な答弁です。契約期間が有期か無期かを訊かなくても、配転があるということで無期だと推測できるということですか。

柳沢大臣
 要するに調査のドンピシャの結果はないのです。それに類似しているものとして、配転転勤等の取り扱いが正社員と同じということでもって、相当のことが推測されるのはないか。そういう考え方のものとで4-5%という数字を取り扱いました。

山井議員
 平成18年調査ではパートタイム労働者のうち21%、つまり5人に1人が無期雇用です〔=5人に4人は有期雇用〕。ですから今回大臣が答弁された4-5%の中に、かなりの数の有期雇用の方、つまり今回の差別禁止の対象になっていない方が含まれている恐れがあわけです。

 4-5%のなかに有期の人がほとんど含まれて入ないという根拠はなんですか。

柳沢大臣
 今回の差別的取り扱い禁止の対象には、無期雇用だけでなく、有期でも契約が反復更新されている労働者が含まれています。

山井議員
 では、この4-5%の中で無期雇用の人と有期でも契約が反復更新されている人の割合はどれくらいなのですか?

柳沢大臣
 その点については、調査結果として私どもがつかんでいるものはありません

山井議員
 調査していないことを答弁したということですか

柳沢大臣
 ドンピシャの調査はありませんが、そこからかなりの程度推測できる調査がありましたので、そこから4-5%かなと考えていると申し上げたわけです。

山井議員
 平成18年の資料ではパートのうちの2割が無期雇用です。すると、5%に0.2をかけると1%になるじゃないですか。どれだけ有期が含まれているか分からなければ、4-5%と言えないじゃないですか。この4-5%という数字は大きく報道されています。数字についての資料がないというのでは通りませんよ。明確な根拠をお願いします。

柳沢大臣
 ドンピシャリの数字はなかったので、近いものとしてこういう数字がありますので、われわれはこの近傍の数字だと考ええていると申し上げたのです。

gdgd...(以上12分あたり以後のやり取り)

 最終的に山井議員の質問に大臣は答えることができず、「次回答えます」といって山井議員の質問は終わることになります。

一連のやり取りから分かること

 まず明らかなことは、「待遇改善の対象となるパート労働者の割合は4-5%」という大臣答弁は、そうとうあやふやな前提の上に立った議論であるということです。

 山井議員が述べているように、配転、転勤の扱いが正社員と同じパート労働者の中に、雇用契約が有期である人がたとえば8割いるのならば、4-5%に0.2をかけなくてはなりません。もし5割なら0.5を。2割なら0.8をかけることになります。厚労省が実態を把握していない数字の結果によって、4-5%という数字は大きく変わりうるということになります。

 実態の把握がなされていないのに、4-5%と予算委員会で答弁してしまうというのは、議院内閣制における大臣の答弁責任をあまりに軽視しているとは言えないでしょうか。国会内での大臣の答弁は、一般の講演会での発言とは根本的に重みが異なるはずです。

 さらに深刻なことに、この国の報道は政府が出した数字を検証するということをほとんど行いません。そのため、あやふやな数字であっても大臣が答弁してしまえば、大手新聞社の社説にまでそれが掲載されてしまいます。結果として、4-5%という根拠不明瞭な数字が、いつの間にか議論の前提として流通することになります。実際には4-5%よりさらに少ない可能性があるのに。事実、山井議員が述べているように、「4-5%という数字は過大ではないか」という声がすでに各所で上がっています。

 大臣の答弁責任が軽視されている。さらに報道が答弁の中身をチェックする機能を果たしていない。そのため、根拠のない議論が社会に流通してしまう危険性が大いにある。このようなことを今回のやり取りから感じました。今回に限っては山井議員の質問により、大臣答弁の不適切さは明らかになりました。しかしいつもこうなるとは限りません。

 明らかに不適切な大臣の発言を問題にすることも大切かもしれません。しかし同時に、一見実態に基づいているかのように見えて、実際には根拠のない大臣の答弁を疑う必要がありそうです。

〔一部修正しました。〕

*1:実際にはこれを推計すること自体が相当に難しいのですが、その点については今回は触れません。