『僕はパパを殺すことに決めた』は少年についてというより、むしろ医師である父親についての本だと思いました

僕はパパを殺すことに決めた 奈良エリート少年自宅放火事件の真実

僕はパパを殺すことに決めた 奈良エリート少年自宅放火事件の真実

 この本の帯に「過熱する受験戦争へ警告の書!」とあるのはどうかと思います。

 確かに中学受験や大学受験の存在を抜きにはこの事件は語れません。しかし本書で草薙氏が強調しているのは、むしろ事件を起こした少年の父親の問題です。

 次の言葉が草薙氏の立ち位置をよく示していると思います。

 父親が事件後に公開した肉声といえば、家庭裁判所に提出された「手記」(序章を参照)だけだった。少年との再会シーンが感動的に綴られている。

 だが父親が本当に語るべきは涙の再会物語ではなく、事件まで少年に強いてきた過酷な日々であるはずだ。(59頁)

 ここには

  • 少年による犯行の主要な原因は父親によってふるわれた暴力であり、
  • その実態を父親はつまびらかにするべきである。

という草薙氏の考えが現れています。

 ちなみに引用にある「涙の再会物語」というのは、父親が「暴力を振るったパパを許してくれ」と言い、少年が「ごめんなさい」と泣きじゃくりながら謝るという内容のものです。

 以上からわかるように、草薙氏は事件の最大の原因を少年の父親に帰しています。

 そのため本書では父親の家庭環境、彼が抱えていたコンプレックス、彼が(おそらく)生来持っていた暴力的な気質が供述調書をもとに詳細に記述されます。

 したがって本書は犯行に及んだ少年についてのものというより、むしろ少年の父親に関する書になっています。

 個人的にはこの事件に関わった三人の親、つまり少年の父親、母親、継母の三人がすべて医療関係者であった点が気になりました。父親と継母は医師です。実母も父親は医師で本人は薬剤師でした。

 医師という言葉は供述調書にも時折顔をのぞかせます。

 父親が息子に勉強を強いて医師にしようとした背景には、母方の家系に医師や薬剤師が多いため、息子を跡取りとして医師にせねばならないと考えたことがあるようです(62-63頁)。

 一方少年の実母は、父親(元夫)には、私立大学の医学部を出て医者になったために金で医者になったというコンプレックスがあり、それが息子を公立大学の医学部に入れたいという強い思いにつながったと推測しています(71頁)。

 そういえば私の周りでも医学部に入った人の多くは、両親のどちらかが医師でした。

 たとえ本人が開業していなくても、医師である親は自分の子供にも医師になってほしいと考える傾向があるようです。

 その願いが強すぎるためか、子供に多年に渡る浪人生活を強いているとしか思えない家庭もありました。

 もちろん医師の親がすべてそうなわけではありませんし、子供を医師にしたいという願いの度合いも人によって千差万別ですけど。

 一般的に医師は十分な金銭的収入を得ているので生活に苦労することはまれです。しかし、社会的地位も高く収入面でも恵まれていることが、かえって子供への期待を特定の方向に固定化することにつながっているという実態があるのかもしれません。

 なお、法務省が草薙氏と講談社に対して、過度のプライバシー侵害を理由に関係者への謝罪と被害拡大の防止策をとるように勧告しています。

 法務省は「被害拡大の防止策は、増刷の中止や回収を念頭に置いているが、出版社側が自主的に判断すべきことだ。具体的中身は言えないが、医師である父親からの被害申告もあった」と述べているらしいので、父親とその家族が本書の出版により損失を受けているということなのだと思います*1

 この勧告の是非についてはいぜんとして私には判断がつきかねます。