- 作者: ヘシオドス,中務哲郎
- 出版社/メーカー: 京都大学学術出版会
- 発売日: 2013/05/10
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
- ヘシオドス『神統記』中務哲郎訳『ヘシオドス 全作品』京都大学学術出版会、2013年、91–156ページ。
かつては理解できなかった古典でも、時をへて読むとおどろくほどわかるようになっていることがあります。そのようなことがひょっとして起こるのではないかと思い、ヘシオドスの新訳から『神統記』を読みました。ちなみにこの訳業は「西洋古典叢書」の第100冊目を飾るものです。このような叢書が100冊も続き、なお刊行がとぎれないことに驚きと喜びをおぼえます。
ではむかしより『神統記』を理解できたのかといえば残念ながらそうはいきませんでした。あえていえばギリシア語で読んだ学部時代のほうが翻訳でざっと読んだ今回より深く彼の韻文を味わえていたかもしれません。というわけでくだらない感想しかないわけですけど、とにかくまず冒頭のムーサの語りかけがひどい。羊を飼っていたヘシオドスにムーサが話しかけるとき、詩の神は次のようにいいます。
野に伏す羊飼い、情けない屑ども、胃袋でしかない者らよ、
我らは実(まこと)しやかな偽りをあまた語ることもできるし、
その気になれば、真実を述べることもできるのです。(93ページ)
もう一つ印象に残ったのはやはり有名な女性嫌悪です。プロメテウスが人間に火をあたえたことを知ったゼウスは、その見返りに「美しい禍」たる女性をあたえます。
宜(むべ)なり、この女から女性なるものの族(やから)が生じたからで、
[宜(むべ)なり、破滅の族、女の一族はこの女に由来するからで]
それは人類の大いなる災厄、男たちと共に暮らしても、
忌まわしい貧乏とは連れ添わず、飽満と連れ添うばかり。
(中略)
結婚と女たちの濫行を避けて妻帯を望まぬ男は、
年寄りを看取る息子を持たぬまま、忌まわしい
老年に到る。その者は、生きている間は生計(たつき)には
事欠かぬものの、死ねば、遠い親戚が資産を分けてしまう。
一方、結婚を定めと心得て、
考えのしっかりした、まめやかな妻を持った場合は、
禍と善きものが絶えずせめぎあう一生と
なるが、害毒のような女と巡り会った男は、
胸の裡に、その心に、肝に、果てしない悲しみを
抱いて生きる。癒しようのない禍なのだ。(129–130ページ)
詩人がどうしてこれほどまでに女性を警戒するのかはわかりません。
新訳は下注方式で、本文を読みながら神話の解説(ギリシア・ローマ古典を読むさいには必須)に目を通すことができています。また数はそれほど多くないものの、オリエントなどの神話との比較研究をうけた注もあり、興味深いものがあります。断片や証言も収録されていることを考えあわせれば、岩波文庫版の『神統記』と『仕事と日』を持っていても、本書を手元においておく価値はじゅうぶんあるのではないかと思います。