タラントの注釈

Seneca: Agamemnon (Cambridge Classical Texts and Commentaries)

Seneca: Agamemnon (Cambridge Classical Texts and Commentaries)

 まだ注釈の部分は半分くらいしか読めていませんが、よく出来ています。
 気がついた点を思いつくままに挙げてみます。

1. 近代の劇(シェイクスピアなど)への言及がわりと見られる。そういえば「ハムレット」では亡霊が呼び出されますけど、あれも(さかのぼれば)セネカから来ているんですね。もちろんエウリピデスの『ヘカベー』なんかでも亡霊が登場するわけですけど(冒頭)、ルネサンスあたりの劇への影響というとやっぱりセネカとなるようです(みんなギリシア語読めなかったので)。

2. オウィディウスからパラレルを執拗に引く(これは序文で著者自身認めています)。本当にオウィディウスから引いてくることが多いです。ほとんどすべての注で(というと誇張になりますけど)オウィディウスが引かれています(196行目での引き方なんかがしびれます)。とにかくセネカオウィディウス模倣は著しいようです。逆に、ここはホラティウスウェルギリウスの模倣である、といった注釈はそれほど多くありません。

3. 記述が簡潔で分かりやすい。注釈書の中にはだらだら書いてある割には何を言いたいのかさっぱり分からないというのがありますけど、タラントの注釈書はその点、必要な情報を明晰に述べてくれています。特にテキスト上問題がある箇所についての注釈がいいです。471行につけられた注釈なんかは簡単に書いてありますけど、これだけ分かりやすくはなかなか書けないんじゃないかと思います。

4. パラレルが激しい。オウィディウスばかりが引かれると書きました。タラントの注釈書のもう1つの特徴は、普通の注釈書では引かれないような著作家がどんどん引かれる事です。
 たとえば478行目の注ではコルメッラという作家の『田舎について』という作品が引かれています。その次の注ではパコニアヌスが挙げられています。で、パコニアヌスって誰ですか???聞いたことすらありません…。
 あと全体を通じてクラウディアーヌスが相当挙げられています。

5. 神話についての記述が不親切。これは要するに入門用の注釈書ではないということです。基本的な神話について読み手があらかじめ知っていることが前提とされています。
 392行以下の注釈では「ニオベの話は詩のコモンプレイス*1である」といきなりはじまって、「セネカディアーナの行動の原因を説明しない」と書いてあります。セネカが説明しないのはともかく注釈者は説明してもいいと思うのですが…。しかしこの手のことを説明しだすとますます本が分厚くなってしまうので仕方ないです。

*1:こういう言葉を使うと怒る人もいるでしょうけど…。