クーン、「物理科学の発達における数学的伝統と実験的伝統」

 『本質的緊張』に収録されている有名な論文で昨日行われた吉本秀之氏の授業で取り上げられました。学部時代から数えるとすでに4回くらい授業で読んでいる気がします。かなり大胆な整理を行っているので、一読するとそんなバカなと思うのですけど、いろいろ調べた後に立ち返ってみると簡単には否定できない主張の積み上げからなっていることが分かります。

 たぶんこの名作が抱える最大の問題は、「初期の近代科学が実践された環境における新しい知的要素」という位置づけでヘルメス主義と粒子論哲学を何の説明もなしに持ち出していることです。クーンはヘルメス主義や粒子論哲学自体がどうして広く受け入れられたかを説明しません。彼が論じるのはヘルメス主義や粒子論が当時の科学的知識に及ぼした影響についてのみです。しかし特に粒子論の場合はこれ自体が自然理解の根本と密接に関係しているため、科学が実践された知的環境といった外部的要因のように粒子論を位置づけるのは問題があります。

 ではどうして粒子論が17世紀に広く受け入れられるようになったのか。(ずっと言ってますけど)これがよく分からないのですよね。説明の材料はほぼ出揃っている感がある一方で、それらの材料がそれぞれどの程度の重要性を占めるかについてはいまだ一致を見ないといったところでしょうか。

 ちなみに吉本氏の授業では来週副教材として、

  • John E. Murdoch, "The Analytic Character of Late Medieval Learning: Natural Philosophy without Nature", in Approaches to Nature in the Middle Ages, ed. Lawrence D. Roberts (Binghamton: Center for Medieval & Early Renaissance Studies, 1982), 171-213.

を扱います。これまた有名作品ではあります。アダムさん(id:la-danse)の論文を読んだあとにあらためて読んでみるとどう感じるのでしょうか。

科学革命における本質的緊張―トーマス・クーン論文集

科学革命における本質的緊張―トーマス・クーン論文集