新しい時代区分を求めて

歴史学における方法的転回 (現代歴史学の成果と課題1980‐2000年)

歴史学における方法的転回 (現代歴史学の成果と課題1980‐2000年)

  • 岸本美緒「時代区分論の現在」『歴史学における方法的転回』青木書店、2002年、74–90ページ。

 1980年代から2000年にいたるまでの(主として日本の)歴史学における時間区分の議論をまとめた論考を読みました。戦後日本の歴史学会では、過去から未来に向かって流れる時のなかで、人類社会が時代ごとに質的な構造の変化をこうむりながら進歩するという想定がなされていました。中世とか近代とかいう用語は明確な内容を持つ社会発展の特定の段階を指し示す言葉とみなされました(史的唯物論がその中核をなす)。
 これに対して80年前後から文化人類学の領域が人間が有する時間観念の多様性を指摘するようになります(山口昌男川田順造)。世界史全体を貫く普遍的な時間の流れを想定することへの疑問が提出されたと言えます。またブローデルの短期・中期・長期の三重の時間概念は、これらの三層の時間を切り離し、必ずしも短期的な出来事の生起が長期的トレンドに規定されたものではないと考えることを可能にしました。こうして時代や地域における時間観念の相対化が進むと、歴史学における時代区分の問題は、いろいろな社会が過去をいかに認識していたのかという問題に転化することになりました(岡崎『キリスト教的世界史から科学的世界史へ』)。
 しかし時代区分の試みがなくなったわけではありません。人類に共通の時に連続的に生起する発展段階に各社会をプロットすることでも、それぞれの社会の独自性を重視することを突き詰めて、それらのあいだに共通の座標軸を設定してしまうことを不可能にするのでもない方法が試みられています。それはそれぞれのシステムが半開きの状態で互いに接触し、衝撃を与え合うことに注目するものです。この観点からは複数のシステムの接触を媒介する移動民の意義が強調されます。焦点となったのは中央ユーラシアの遊牧民の移動でした。2世紀から4世紀にかけての移動(これで西ローマは消滅する)、9世紀の領域の不安定化、13世紀のモンゴルによるユーラシアの一体化が画期となります(杉田英明)。もう一つの焦点がやはりシステム間の接触を媒介する海域世界です。とりわけ16世紀以降は海域世界の動向がシステム間の接触と衝撃の伝播、それに伴うシステムの再編成を引き起こすことになります(荒野他「時期区分論」『アジアと日本』1991年)。
 16世紀が画期となるという点では、近世(early modern period)という語をめぐる新たな議論の展開を指摘することができます。16世紀以後は北半球、ないしは東南アジア地域にいくつかの共通する動きが存在する論者が現れました(Flechter, “Integrative History,” 1985; Reid, ed., Southeast Asia, 1993)。日本の江戸時代や中国の宋代以降をこの新たに最定位された近世概念でとらえることが可能です。
 これらの議論の特徴は複数のシステムが同じ衝撃に反応することで、分裂したり統合したり自己を再編成したりするリズムの共通性に着目することです。この諸システムの動揺と再編成の波のそれぞれの段階が目的論的に解釈されることはなく、むしろ偶然によって生起するものととらえられます。その変化の変動の記述には階級闘争と革命に代わるものとして「ゆらぎ」や「複雑系」という新しい種類の術語が(いまはまだ比喩的な用法ではあるものの)持ち込まれています(三谷「『革命』の『理解』は可能か 複雑系をヒントに明治維新を考える」)。

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