複数の時間の併存、緊張、分裂 ル・ゴフ「中世における教会の時間と商人の時間」

もうひとつの中世のために?西洋における時間、労働、そして文化

もうひとつの中世のために?西洋における時間、労働、そして文化

  • ジャック・ル・ゴフ「中世における教会の時間と商人の時間」『もうひとつの中世のために 西洋における時間、労働、そして文化』加納修訳、白水社、2006年、50–72ページ。

 ル・ゴフが1960年に発表した論文です。同じ時代における複数の時間意識の存在、その出現の歴史的背景、それら異なる時間意識のあいだの関係を論じています。筋道立てて一つのテーゼを論証するというよりは、一つの問題意識のもとに関連がありそうな事例や、有用でありうる着眼点に次々と(時として個々の論点をまったく深めることなく)言及していくというスタイルで書かれています。

 中世の9世紀から11世紀にかけて、封建社会のなかで歴史への省察はとだえ、歴史的時間は平板化してします。この局面が変化しはじめるのは、12世紀のサン・ヴィクトルのフーゴーにおいてでした。そこから歴史は時の流れに沿って分節化され、また繁栄の地が時代ごとに移動するという観念が盛んにとりあげられるようになります。同じころ、このような教会の時間とは異なる時間、すなわち商人の時間が誕生しました。商業ネットワークの整備により、商品の運搬にかかる時間や、その移動のあいだに生じる価格変動が商人たちにとって大きな関心事となります。また彼らが使役する労働者の労働時間も厳しく規制すべき対象となりました。こうして彼らは計測され予測性を持たされた時間にしたがって生きることになるのです。この時は修道院におけるような日時計ではなく、都市に設置された大時計によって計測されました。とはいえ新たな時間観念を身につけた商人たちが教会の時間を放棄したわけではありません。彼らはむしろ二つの時間を分離させて生きていました。この分離を困難にしたのが托鉢修道会です。托鉢修道会士たちは人の罪を外面に探りそれに罰金を課すというのではなく、むしろ人々の内面に罪を探求しました。教会の論理の内面への侵入が救済の時間と商人の時間を同居を困難にしました。だがこれと同時にアリストテレス哲学の流入を契機の一つとして、商人の時間(とくに時間を利用して利子を得るという活動)を理論的に正当化することが教会によって模索されます(このあたり論理がうまくとれません)。だがこの調停案も14、15世紀には挫折し、以後商人は仕事の時間と教会の時間の衝突を抱えながら生きることとなります。