図像から見る占星術の伝統 ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』

ヴァールブルク著作集 別巻 1 ムネモシュネ・アトラス

ヴァールブルク著作集 別巻 1 ムネモシュネ・アトラス

  • アビ・ヴァールブルク、伊藤博明、加藤哲弘、田中純『ムネモシュネ・アトラス』ありな書房、2012年。

 ドイツの美術史家・文化史家のアビ・ヴァールブルクは、彼自信が「アトラス」と呼んだ図像パネル集の制作を、遅くとも1926年には開始していました。このパネル集は、様々な造形作品を白黒写真で撮影し縮小して、それらを黒色の布地の上に(ヴァールブルク独自の構想に基づいて)分類配列したものです。現在元のアトラス自体は失われているものの、時系列順に3つの段階のアトラスを白黒写真に収めたものが残っています。本著作はこの最終版をもとにつくられています。

 ヴァールブルクという人はなぜこんなものをつくったのか。彼が急逝してしまったため、アトラスは未完です。制作者による解説の類はいくつかのヴァージョンで残された序文の他はないようです(たぶん)。そのためアトラス解釈には、ヴァールブルクが残した書き物と突き合わせながら、個々の図像の意味、図像同士のつながり、その繋がりによってつくられるパネル単位での意義、そしてパネルの集合からなるアトラス全体の意図を汲み取っていく作業が必要となります。

 本書はこの作業を760ページにわたって行った記念碑的な作品です。私が目を通したのは占星術の伝統(これはアトラスを構成する2大主題のうちの一つです)をたどる諸図像を読解した伊藤博明さんによるパートのそのまた一部に過ぎません。しかしそこを読むだけでも、宗教的性質と数学的性質のあいだで揺れ動きながら、一定の継続性のもと、メソポタミアからギリシアギリシアからアラビア、アラビアから西洋へと伝承されていく占星術の伝統というヴァールブルクの構想が説得力を持って伝わってきます。

 読みふけっていると、いつのまにかヴァールブルクの意図から離れて、占星術の歴史の解説を豊富な図像の解説によって行った箇所とも、この伊藤さんのパートは読めます。バビロニアで予兆判断のために用いられていた動物の肝臓模型(犠牲獣の肝臓を調べて占っていた)とか、「獅子の顔をもち、鳥の足をもつ…、足下には7つの頭を持つ龍を従え、右手に槍をもち、あたかも龍の頭を狙っているかのような」(114ページにある『ピカトリクス』からの引用)ユピテルの図像とかの解説は知的好奇心をいたく刺激してくれます。メドゥーサがグルになってしまったというちょっと一度聞いただけでは理解することも難しいような主題の変奏も見られます。

 そうやってひとしきり解説を読んだあとに、アトラスの写真に戻ると…おお、読める、読めるぞ、アトラスが!という喜びに浸ることができます。もちろん私のアトラス理解の程度などしれたものですけど、しかしなにはともあれ図像集を読み解けたという感触を与えてるところまで読者を引き上げてくれる解説の素晴らしさを実感します。

 本書は高価なので、購入に踏み切るとなると相当なヴァールブルク愛のようなものが必要になってしまうでしょう。でもそこまでムキにならずとも、気軽に図書館で手にとってめくってみても十分に楽しめるほどに図像は豊富で、解説は丁寧でかつ水準の高いものとなっています。

 実は現在東京大学駒場キャンパスにて写真パネル展示「ムネモシュネ・アトラス──アビ・ヴァールブルクによるイメージの宇宙」なるイベントが12月15日から22日まで行われています(公式サイト)。「ロンドン大学ヴァールブルク研究所から提供を受けたデータにもとづき,ヴァールブルク逝去の年1929年に撮影された「ムネモシュネ・アトラス」全63枚の写真を,すでに失われて現存しない実物のパネルに近いサイズで展示」するというイベントです。この展示会の初日に「石版!」の中の人が駆けつけてくれており、ブログにすばらしい記事をアップしてくれています。ぜひお読みください。

 また22日14時からは「ヴァールブルク美学・文化科学の可能性」というシンポジウムも開催されることになっています。入場は無料です。こちらも興味のある方はぜひ。