宗教改革期におけるダイモーン的古代 ヴァールブルク「ルターの時代の言葉と図像における異教的=古代的予言

ルターの時代の言葉と図像における異教的=古代的予言 (ヴァールブルク著作集6)

ルターの時代の言葉と図像における異教的=古代的予言 (ヴァールブルク著作集6)

  • アビ・ヴァールブルク「ルターの時代の言葉と図像における異教的=古代的予言」『ヴァールブルク著作集6 ルターの時代言葉と図像における異教的=古代的予言』伊藤博明監訳、富松保文訳、ありな書房、2006年、7–115ページ。

 1920年に発表されたヴァールブルクの代表的論文です。16世紀初頭の文書と図像の調査から、これまでの美術史やルネサンスについての歴史記述では見逃されてきた古代復興の一局面に光をあてようとするものです。

 ルターの右腕である宗教改革者のメランヒトンは、1531年にカーリオンに宛てた書簡のなかで、予言・予兆・占星術への深い傾倒を示しています。娘の誕生図(ホロスコープ)、彗星の解釈、そしていくつかの予言が今にも勃発しそうな神聖ローマ皇帝とシュマルカルデン同盟とのあいだの戦争の帰趨について何を教えているかについて、カーリオンに意見をもとめているのです。盟友の占星術への入れ込みをルターは軽蔑していました。「彼らの学芸は屑でしかない」「神が造り給うたものを、星辰に帰するべきではない」。しかし当時ルターの周辺のヴィッテンベルクの知識人たちのあいだでは、(ルターの反対にもかかわらず)彼の誕生日を占星術の観点からどこに置き、それをどう解釈するかが議論の的となっていました。当時イタリアから来ていたルーカス・ガウリクスは、ヨーハン・リヒテンベルガーの予言冊子、およびそのさらに元ネタであるパウルス・ファン・ミッデルビュルフによる「1484年の惑星の合が教会改革者である修道士を生み出すだろう」という予言におそらくは依拠して、ルターの誕生日を1484年に設定しました。宗教改革者たちはガウリクスによる誕生日の確定を受け継ぎながら、誕生の時間に修正を加えます。そうすることでガウリクスのホロスコープで含意されていた破滅をもたらすという者という解釈を払拭しながら、惑星の大合のもとに生まれ教会改革を行うものという地位をルターに認め続ける方途を模索していたのです。このようにルターの時代の政治的・社会的状況のなかでは、占星術や予言が強い効力を発揮していました。ルターですら怪物の出現などが持つ予兆的意味を認め、そのような怪異を来るべき最後の審判の審判の先触れとして喧伝するパンフレットを駆使してカトリックと戦うという予言政策を実践したのです。占星術や魔術的実践への依拠はデューラーの版画にすら見られます。ただしそこでは古典的な様式により、古代以来の星辰的なダイモーンは芸術化されているのですが。

 ルネサンスにより美的で静的な古代のオリュンポス的側面が人文主義により創造されました。しかし同じ時代に占星術や予兆解釈に体現される実践的で宗教的なダイモーン的な古代がその力を強化しはじめていたのです。この二つの側面のあいだにはられた緊張が近代ヨーロッパの精神史にもった意味を理解するためには、様式史の枠組みから美術史を解き放ち、宗教学と結合させることで、当時の文書に見られる図像と言葉を歴史的考察にかける必要があります。