医学史のグローバル・ヒストリーの課題 Bhattacharya, "Global and Local Histories of Medicine

The Oxford Handbook of the History of Medicine (Oxford Handbooks)

The Oxford Handbook of the History of Medicine (Oxford Handbooks)

  • Sanjoy Bhattacharya, "Global and Local Histories of Medicine: Interpretative Challenges and Future Possibilities," Oxford Handbook of the History of Medicine, ed. Mark Jackson (Oxford: Oxford University Press, 2011), 135–49.

 医学史の基本的な参考書が安価なペーパーバックになったのでさっそく入手しました。まずは医学史のグローバル・ヒストリーの課題を扱った章です。グローバルな視野からの医学史研究が増加しています。しかしそれらの研究に方法論的な弱点がないわけではありません。そこではたとえば国境を超えた広い領域で、疫病対策や公衆衛生政策がどう実践されたかが扱われます。力点はそのような広域的な活動の結節点となっていた少数のエリート集団に置かれがちです(たとえばWTOの特定の部署の活動)。これは欧州、アメリカ中心的な視点の取り方です。また疾病対策や公衆衛生の思想が中心から周縁へと広まっていくという拡散モデルをとっています。このエリート主義的な見通しから脱するためにはどうすればいいのか?具体的な事例(ここでは20世紀後半の天然痘撲滅運動)を検討するならば、そこではWHOの活動が金銭的に持続性を獲得するためにも、各地域で日々の疫病対策をするためにも、必要なワクチンの確保のためにも、ローカルなアクターとの時と場所によって様々にことなる利害が関わる交渉が必要であったことがわかります。現状の医学史研究では、この交渉の層を二極化してしまうことが避けられません。トップに位置するWHO関係者たちと「現地」を何らかの形で代表していると考えられるローカルな声という二つの層のあいだで、グローバルな疾病対策がどう進行したかを扱うのです。求められるのはこの単純化された枠組みをより複層的なものに組みかえていくことです。

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